ホフの英雄
戦闘からしばらく経った。
ホフはすっかり夜の静けさを取り戻していた。
「私はホフ村長のヤギー。オーファルのスカーレット、君がいなければこの村はどうなっていたことか。感謝してもしきれないよ」
わたしは謝礼金として、3万シルバーを村の財源から受け取った。目についた悪党を斬り捨てただけだけど、確かにホフを救ったっぽいので、これは納得感のある報酬であった。
いやはや、稼いだね。武功。
これはかなり良い武功なのでは。
「はうん……カッコ良すぎます、スカーレットさん。さすがです。野盗退治に次いで、村まで救ってしまうなんて。やっぱり、同じ14歳の女の子とは思えないです」
エリナは涙ぐんで、どこか火照った顔で告げてきた。熱でもあるのかもしれない。
「スカーレット、本当にありがとう。君のおかげでサリーは救われたよ」
「あなたは命の恩人だわ。ギルドで大男をやっつけていたから、強いとは思っていたけど、まさかあんなに凄いだなんて知らなかったよ」
「意外とやるでしょ、わたし」
褒められて得意な気持ちになった。
強さ。それはこの人生で一心不乱に高めてきた、わたしのパラメータだ。そこへの賞賛は、人生を肯定してもらえているようで、とても嬉しい。
宿屋で一晩過ごす。
「あの、スカーレットさん」
部屋の蝋燭を消そうと思ったら、エリナに声をかけられた。枕を持って、わたしのベッドの横に立っている。
「その、いっしょに……寝てみたりとか……」
「どうしたの、エリナ」
「……いや! やっぱり、なんでもないです! お、おやすみなさい、スカーレットさん!」
「?」
不思議なやりとりだった。
やっぱり、熱でもあるのかもしれない。
翌朝。
村を歩いてまわると、川の近くに死体が並べてあった。
犬のような怪物と、黒衣の剣士たち。
そして、村の絵描きの飼い犬を怪物に変えたという魔法使い。
全員、わたしが始末した奴らだ。
村長ヤギー主導のもと、村人たちが集めたらしい。
すでに身ぐるみを剥がされており、使えそうなものは村に帰属したと思われる。
近くを通りがかった村人がこちらに反応する。
「あれ? あんたは英雄の! 昨日は村を救ってくれたらしいな、ありがとな!」
「どういたしまして」
「これ全部、あんたがやっちまったって聞いたけど、マジか?」
「マジだよ。ねえ、こいつらどうすんの? 村の外に捨てるの?」
「まあ、そうなるかな。埋めはしねえんじゃねえかな」
野盗と同じ扱いだね。人間としての尊厳は与えられず、野の獣の餌になって朽ちるほかない。
「でも、たぶん、先に騎士様を呼んで報告をするんじゃねえかな。ほら、こんなに怪しげな連中だろ? 意味不明なことをのたまってたみたいだしよ」
まあ、それもそうだね。規模が規模だ。領都も近いのだし、報告するほうがベターな選択肢なのだろうね。これが片道何日もかかるとかだったら、ちょっと話が変わってくるかもだけど。
「さてと、ペロシナに出発しますか」
「そうですね、スカーレットさん」
わたしとエリナは村の西門へと足を向ける。
「こら、ちょっと待ちなさい、そこのふたり!」
声に振り返ると、サリーとサジェットが立っていた。
「スカーレット、お前、剣をひとつ忘れてるって村の人が……」
「ああ、あれ、置いていったんだよ」
騎士団の詰め所でキキにお願いして、譲ってもらった剣は、案の定、傷んでしまった。まだ振り回せないこともないが、わざわざ持ってる意味もないので捨てていくことにしたのだ。
一方で『流れ星の淡緑剣』は、さすがだ。ウィルストップで一番の剣匠が鍛えただけあって、とても丈夫。丁寧に使えば、まだまだ持ちそう。無茶したらどうなるかはわからないけど。フルパワーは怖くて試せないよね。普通に。この綺麗な剣が使えなくなったら、すごくショックだし。
「お前、二刀流なんだろ。ほら、これ使ってくれよ」
サジェットは腰に差してある剣を、鞘ごと抜いて渡してきた。別に二刀流で売ってるわけではないんだけど……まあ、剣は消耗品だし、貰えるなら貰っておくか。この旅は、かなり長くなることが予測されるしね。
幅広のブロードソード。
丈夫で取り回しやすい。
使いやすい武器だ。
「ありがとう、サジェット。大事に使うよ」
「いいってことよ。少しでもお礼に何かしたかったんだ。力になれて嬉しいよ」
言ってサジェットは爽やかな笑みを浮かべた。
いい奴すぎる。
「私も何かお礼がしようと思ってたんだ。何も言わずに行っちゃうなんて寂しいよ」
「そんな気にしなくてもいいのに」
「はい、私のことしっかり抱きしめて」
サリーに言われるままに、背後から抱きしめる。密着するとより鮮明に魔力を感じることができる。そのまま彼女の手をなぞるように包む。
「行くよ? ──『発火』!」
サリーの手の中ちいさな火の爆発が起きた。とても速い現象だ。
「ふふ、実は、私、魔法を二つ使えたんだ。だから、スカーレットにぜひ教えたくて。あ、シルバーはいらないよ! これはお礼だから」
サリーは腕のなかで、顔を見上げてくる。
「どう、使えそう?」
わたしはサリーを片腕で抱いたまま、もう片方の手のひらを握り、パッと開いた。
「『発火』」
手のなかに炎の花が咲いた。
激しい火の粉を伴った開花であった。
「さすがだね……ふふ、スカーレットはすごい女の子だね。私、それ出来るようになるまでずいぶん掛ったんだけどな」
「ありがとう、サリー。すごい良い魔法だね」
やった。また魔法を覚えちゃった。
「スカーレットたちとお別れになるの、なんだか寂しいよ」
サリーは言って向きを直し、わたしの胸に飛び込んでくる。優しく抱きとめる。ふと横を見ると、エリナが目元に影を落として、サリーのことを凝視していた。
「スカーレットさん、はやく行きません? 明るいうちにペロシナに着けないですよ?」
「ああ、うん、それもそうだね」
エリナはわたしの服の裾をつまんで引っ張ってくる。
「ねえねえ、ふたりはどこに向かってるの?」
サリーはくっついたまま見上げてくる。
「ユーミルって場所。そこがエリナの故郷なの。とりあえず、今はそこが目的地」
「そのあとはどこに行くの?」
「うーん、危険な怪物のいる場所、かな。いや、武功がある場所かな。わたしはね」
「武功?」
「そう。わたしさ、王になろうと思ってるんだよね」
言うと、サリーとサジェットは目を丸くした。そして、噴き出すように笑った。
「あははは! そっか、スカーレットは王様になろうとしてるんだ。それは予想外の答えだね! ──でも、すごく良いと思う。それだけ強ければ、きっとなれるよ」
「違いない。どこかの国の王様も言っていたらしいぜ。『力こそ王の故よ』って。王様は強くないといけないって意味だと思うぜ。スカーレットにぴったりだ」
サリーはゆっくりとわたしから離れた。
「それじゃあね、ふたりとも! 冒険者どうし、きっとまたどこかで会おうね!」
大きく手を振るサリー。その隣で遠慮がちに、ちいさく手を振るサジェット。ふたりに見送られて、わたしとエリナはホフをあとにした。




