膿む者の指先 ケオン
私の名はケオン。『奇形達の教会』の大望のため、祝福の魔法の研究を重ねる敬虔なる信徒。
これまで数多の怪物を作るなかで、耐久力、攻撃力、素早さを向上させることに成功してきました。
そして、ついに魔法への耐性を付与する術法にも道が開き始めました。おかげさまで、祝福の魔法はどんどん強力になっています。
祝福司教”膿む者”ドワイル・イードワイヤー様の宿願も、手の届くところまできました。
「さてと、ここで待っていてくださいね」
「アゥゥゥゥ」
異形化した獣たちを待たせ、村へ侵入。手ごろな獣に魔法をかけてみました。
作り出した怪物は、冒険者と思われる二人組を圧倒し始めました。剣士と魔法使い。良い組み合わせです。なのに手も足も出ていない。完璧な怪物です。美しい!
ついに成った。これならばドワイル・イードワイヤー様も納得していただけるはずです。私はついにやり遂げたんですよ!
「ん? あれは──」
その直後のこと──私は灼熱に包まれた。
「ぐあぁぁああ!!?」
爆炎に巻き込まれ、吹っ飛ばされた先は水辺。
どうにか起き上がる。濡れた衣服の重みに膝が折れそうになる。
片目が、見えない。これは、ぁぁ、全身が痛い……ッ。
残されたわずかな視界のなか、飛散している燃えるカスたち。形状を見るに、恐らく今の爆発で砕けた異形のもの。
直前の記憶を整理する。
「そんな、まさか……ありえない、魔法耐性は、十分なはず……っ」
耐性を上回ったということですか?
それが可能だとしたら最上級クラスの魔法だけ……!
あのピンク色の髪の女、第五段階以上の魔法の使い手!
なんということですか。事前にホフの近辺に危険な実力者がいないことは、調べさせていたのに……使えんやつらですよ、抜かりがあったとは!
「はあ、あぁ、うぅぅ……一体、何者なんだ……」
第五段階の魔法の使い手なんて、このあたりにいましたか? 話に聞くジュゼリア・ファン・グイレオンなんですか? 天才魔法使いとは聞いていますけど……。
ピンク髪の女がこちらを見ている。
はは、追撃はなかった。
私が敵かどうか判断しかねたのでしょう。
おかげで、間に合いそうですよ!
「行きなさい、あなたたち、皆殺しですよ……!」
放つのは待機させていた4匹の異形。いずれも犬に祝福を与えたもの。予備プランくらいある。そして、それだけにあらず。
信徒3人も、剣を片手に物陰から飛び出していきます。
狙いはピンクの髪の女。そうだ。それでいいですよ。
そいつだけが危険因子なんですよ。
同時に現れた7つの脅威。
あの女がいかに優れた魔法使いであろうと、対応できるはずもありません。
「7匹か」
異形たちは前後を封じ、横から信徒の剣士が斬りかかります。
ピンク髪の女と信徒の剣士の距離は3m。一足の踏み込みと一振りの斬撃。それで彼なら届かせられる距離。まだ魔法の準備もできていませんねえ。
ピンクの髪の女は、腰の剣を抜きましたね。魔法が間に合わないと判断して、護身用の剣に切り替えたようですね。
「我らの邪魔をする者は──」
「ほっ!」
信徒の剣士が踏み込もうとした瞬間──その体は腰から折れた。否、落ちた。両手で剣を振り上げたまま、下半身との接点を失った上半身が進行方向へ飛び出していく。
瞬きしなかったはずですが。
なのに、斬撃が見え、ない……。
そのショックを感じた次の瞬間には、逆側から迫っていたふたりの剣士の四肢と胴体がズレて、崩れた。想像するに、いくつもの斬撃──それも恐ろしく切れ味のある線の攻撃を受けたのだろうと、傍目にも推測できた。
何が起こっているんですか、これは、え?
信徒の剣士、最初の死者の上半身が地面に落ちる前に、ピンクの髪の女は腰から二本目の剣を抜き、異形へ襲いかかった。異形たちはその影をとらえようと、左右に身を振り、獣の足で追いすがります。
だが、水のように滑らかに、自然な体捌きを捕まえられない。凶悪な口が噛みついたのは、ピンク髪の女の太ももではなく、剣身だった。
直後、異形の四足獣は、背中側と腹側で真っ二つにされた。水平に振り抜かれた剣で。
確実な死。
疑いようがないほどの死。
だというのに、真っ二つにされた異形の四足獣へ、さらに斬撃が追い打ちをかける。水平の一刀両断のあと、垂直の剣が四度に渡り、走った。結果、異形は二等分では足らず、十等分にされて、惨たらしい姿にされてしまう。
ピンクの髪の女は目を細め、嬉しそうにしていた。
両手の剣を自由に振り回し、乱舞で斬る。
それは戦いというより殺戮? 否、破壊だった。
目でとらえきれないほどに速い。
なのに、その一撃一撃が致命。
女が脅威を殲滅するのに、あと何秒もかからない。
私は恐れのままに、逃げ出した。
川を越えて、ホフから離れる。
走る、走る、走る走る走る。
「はあ、はぁ! はあ!」
なんなんですか、あれは!
魔法使いじゃないんですか!?
いきなり剣を抜いてきたと思ったら、あんなの……!!
正体がまるでわからない。
それが最も恐ろしかった。
あの剣技、あの魔法、あの残虐性!
あの女は一体──。
グシャッ!
音が響き、遅れて痛みが肩を焼いた。
「アァァぁぁ!」
私は前のめりに倒れ、地面に手をつく。
「こら、武功、逃げるな」
後ろを振り返れば、ピンクの髪の女がいた。
淡緑色の剣を肩に担ぎながら。
はははは……ダメ、ですか……。
武功逃げるなって、どういう意味なんでしょ……。
「見たこともないほどに良い剣ですね~」
「これ? ありがと。わたしもそう思ってたんだ」
「お願いです、逃がしてくださいませんか?」
「ダメかな」
「……私は野盗ではありません。崇高な使命を帯びた聖職者なのです」
ピンクの髪の女が近づいてきました。
油断していますね。ひひひ。
「聖職者?」
「ええ、『奇形達の教会』が祝福司教”膿む者”ドワイル・イードワイヤーに直接お仕えする身でして──カァア!」
至近距離。袖の下から儀式用短剣を取り出し、逆手に握って首筋を狙う。
貰いましたよッ!
「ん」
短剣の一撃、ピンク髪の女は掴んで止めた。押し込む。動かない。引いてみる。動かない。なるほど。化け物ですか、この女。
「言い残すことは?」
「……あの、ひとつだけ」
「いいよ」
「あなた、何者なんです……? 若い娘の身でその強さ。伝え聞く天才剣士”剣姫”リーファス・ネゼ・ベルネレット? それとも”二重詠唱者”ジュゼリア・ファン・グイレオン?」
「オーファルのスカーレット」
短剣を掴んでいた手が離れる。
ピンクの髪の女は、淡緑の剣を振りかぶった。
オーファルのスカーレット、ですか。
そこら辺にいる村娘のような風貌なのにこの強さ。
最期まで何者なのかちっともわからなかったですね──。




