平穏を脅かす者
ホフで出会ったサリーという魔法使いの女の子から、新しい魔法を教えてもらった。
その名も『火炎の小石』。
魔力を変化させ、火を生み出し、放つ魔法だ。
火というのは言うまでもなく様々な使い方がある。
これを5000シルバーで修得できたのはお買い得というものだろう。
夜、宿屋の前で魔法の練習をする。
「ふんふふ~ん」
「スカーレットさん、機嫌良さそうですね」
火を作ったり消したりしていると、エリナが宿から出てきた。
「まあね。新しい魔法、覚えたから」
「ふーん。それじゃあ、もう私が教えてあげた『魔力の矢』は使わないってことですか……」
「そんなことないよ。あの魔法は便利だから、きっとこれからも使うよ」
言うと、エリナは誇らしげな笑顔を浮かべた。
「スカーレットさんの初めては私ですもんね……ふふふ」
「それにしても面白い魔法だね。『火炎の小石』は、『魔力の矢』よりちょっとだけ複雑だね」
魔力が炎になる処理が、不可思議だ。
「私もやります。どうやるんですか?」
「ボォォォってやって、ボンだよ」
エリナは隣に座ってくる。
肩がくっつきそうなほど近い。
作れる火がどんどん大きくなってきた。
コツがわかった。あとは魔力を足していけばもっとでっかくなる。
あとは連射能力を高めようかな。出したり消したり繰り返す。
「なるほど。ボォォォでボンなんだ」
ふたりでしばらく練習をした。
エリナも火を作れるようになってきた。
「ん? なんか空気が……」
視線を動かしてみる。
すると、血相を変えて走る男の姿があった。
「ひぃぃい! 化け物だぁああ!」
────
サリーとサジェットは、その晩、ホフの絵描きに700シルバーを払い、一枚描いてもらっていた。川を背景にした絵だ。
「はい、動かないでねぇ」
「ワンワン!」
犬を連れた絵描きは、サリーとサジェットの立ち位置とポーズを指定し、作業に取り掛かった。
「記念すべき私たちの怪物討伐! お母さんとお父さんに自慢しないと!」
「つっても俺は何もしてないんだけどな」
「私の魔法が強力すぎたからね! 今度はお兄ちゃんにも活躍の機会を残しておいてあげるよ!」
絵が描きあがるのは、暗くなってからのことだった。
「はいよ、出来たよ」
「ワンワン!!」
「はあ~腕が痺れちゃったよ……! わあ、良いじゃん! これすっごく最高! ありがと、おじさん!」
お代を渡し、サリーとサジェットは立派な一枚を満足げに眺める。
「私たちがすごい冒険者になったら、おじいさんのこの絵はきっと有名になるよ!」
「はははは、それは楽しみだね。それまで長生きしないとな」
「ワンワン!」
老齢の絵描きは、にこやかに犬を撫でる。
そして、広げた画材を片付け始めた。
「手伝うぜ、じいさん」
「こりゃどうも、心優しい青年よ」
「私も手伝うよ!」
「ん~可愛いワンちゃんですね~」
3人が画材を片付けていると、すぐそばで声が聞こえた。
視線を向ければ、そこには黒いカソックに身を包んだ男がいた。線の細い男だ。血色が悪く、髪の毛はボサボサである。
「ほほほ、そうだろう? ポロというんじゃよ。顎の下を撫でられるのが大好きでのう」
「ポロちゃん、ですか~。うーん、非常に可愛い。可愛すぎて──」
ボキッ!
破砕音が涼しげな川辺に響いた。
尻尾を振っていた犬は力なく倒れる。
「祝福を授けたくなっちゃいます~」
カソックの男は言って、口角をあげた。
黄色い歯がのぞき、目元は嫌らしく歪む。
「っ」
「ぽ、ポロぉ!?」
「な、なにしてんだよ、あんた!!」
サリーは固まり、絵描きは叫び、サジェットは睨みを効かせた。目の前の男が危険なのだと皆が理解した。
「おっと、すみません。怒らないでください。私はね、犬が大好きなんですよ。だからね、皆を真実の姿へと導き、救済したいと願ってやまないのです」
「なに訳のわからねえこと言ってるんだ! じいさんの犬を殺しやがって!」
「ひどい、なんてことを……っ」
「ご安心を。すぐ蘇りますので」
カソックの男は、倒れた犬の耳にピンと立てた人差し指を差し込んだ。ぐじゅりっと湿った音が鳴る。
「新生せよ──『祝福の受肉体』」
グジュルル!
身の毛もよだつ奇音とともに、死した獣の身体に力みが戻った。四足がピンと伸びて、痙攣し、皮の下で尋常ならざる蠢きが迸る。
「ぽ、ポロになにをしたんじゃ……っ!」
「じいさん、下がってろ!」
サジェットは直感する。
(こいつはなんかやべえ! 俺が、ここで!)
命を奪う。その決断をする。それはまだ人間との生殺与奪を決したことがないサジェットにとって、大いなる決断だった。一歩間違えれば、犯罪者に身を堕とす決定だからだ。
だが、必要だと、そう直感した。
「うおおおお!」
腰の剣を抜き放ち、盾を身体の前に持ってきながら突進する。斬りつける。
「危ないッ!」
カソックの男は言いながら、振られる剣の間合いから逃れる。
(外した! この野郎、意外と身軽だな……っ)
「グルルル……」
「うぁ?」
サジェットはすぐ隣を見やる。
ポロが立っていた。
しかし、明らかに様子がおかしい。
筋肉は皮膚を裂いて肥大化し、牙は巨大化して口のなかに収まっておらず、眼球は増殖し、一つの瞼のなかに5個もギュウギュウ詰めになっている。なによりデカい。膝ほどの大きさだった頭高は、いまやサジェットの腰ほどの高さになっている。
「あっ、あっ……嘘、だろ……」
「ウウウウウ……」
化け物。そう表現するほかないほどに、化け物だ。
「お兄ちゃん、逃げて!」
「サリー、逃げろ!」
開かれる口。
サジェットは咄嗟に盾を前に出す。
バゴン。盾が爆発四散。
怪物と化したポロの頭突きは、ただの一撃でラウンドシールドを砕いた。
「がぁ!」
衝撃でサジェットの身体が浮いた。
優に7mは吹っ飛び、地面に叩きつけられる。
(痛ぇぇぇぇ……っ、し、死ぬぅぅぅ!)
サジェットは吐血し、土のうえで悶える。
そこへ向かう怪物と化したポロ。
「お兄ちゃん! 『火炎の小石』!
炎の礫が、ポロの横腹を爆破する。
重たそうな体が止まる。黒煙のなか、鼻をヒクヒクさせるポロは、サリーのほうへ向き直る。
(あ、効いてない、カモ……)
サリーは涙目になり、奥歯をガタガタと鳴らす。想像した。あの筋骨隆々のマッチョ犬は、自分のもとへ飛びついて来て、あの凶暴な牙で頭を噛み潰されることを。
「最新のものは、魔法耐性にこだわりましたからね。第四段階以下の魔法では、どうにもならないでしょうね~」
少し離れた位置で、カソックの男は腰裏に手をまわし、高らかに笑う。
「あの、その、私、お兄ちゃんを、助けたかっただけで、その、えっと、ごめんなさい、ごめんなさい、ポロ、お願い、ゆるし──」
「グルルルァアア!」
「いやぁぁああ! ごめん、ってばぁぁあ!」
サリーは走ろうとする。
しかし、腰が抜ける。
力が入らない。
「良い仕上がりですね~。実験は成功です。んふふふ。これならウィルストップを陥落させるのも時間の問題……すべては我らが祝福司教ドワイル・イードワイヤー様の御意思のままに」
勝ち誇り、男は満足げに頷き──視線を動かす。
「ん? あれは──」
冒険者と絵描き、怪物と化したポロの地点──から奥、遠い位置に炎が浮いていた。浮遊する火球を保持するのは、ピンクの髪の少女だ。
魔法。それを構えている。
そのことをカソックの男が認識した直後だった。
火球は放たれた。
腰を抜かしたサリーに飛び掛かる、怪物を横から打ち抜く。
火球が破裂し、爆炎が広がった。
轟音が止み、一帯を覆う黒煙が晴れた後、周囲にはよく火の通った肉片が散らばっていた。




