剣聖の噂4
ウィルストップ伯爵家三男坊ベルリオット・ファン・ウィルストップと従騎士クララは、騎士団本部のキキから、オーファルのスカーレットとユーミルのエリナが『ヘラルドの店』に向かったと聞いた。
そして、足取りを追いかけた。
「はい、こんにちは、ヘラルド」
熱気の充満する鍛冶場にやってくるなり、ベルリオットは大声で呼んだ。熱い炉が轟々と燃える音と金を打つ音が、声をかき消すと知っているからだ。
「っ、ベルリオット様」
ヘラルドは仕事の手を止めて、すぐに腰をあげた。
「どうぞあちらへ。ここは熱いでしょう」
3人は鍛冶場から店のほうへ移動する。
ベルリオットは、店内を見渡し、薄暗いことが気になった。窓際のカーテンが全部、降りているのだ。
「いや、暗くね? どうしちゃったのよ。あれじゃあ、外からショーウィンドウが見えないっしょ?」
「その、店は閉めたんです」
「……え? 辞めちゃったの!?」
ベルリオットは驚きを隠せない。『ヘラルドの店』は、ウィルストップで一番の剣が並ぶ武器屋だ。その品質から、先代からすでに貴族たちの間でも名が知れていた。当然、ベルリオットの剣も『ヘラルドの店』で手に入れた逸品だ。
「なんでいきなり」
「自分の未熟さを思い知ったからですよ。また一から鍛え直そうと思って。ふふ、剣士と剣匠は似ていると思うんです。俺はですね、世界最強の剣士が握るにふさわしい、そんな剣を打てるようになりたいんですよ」
「な、なんか良い顔してるな……目が輝いてる」
ヘラルドは爽やかな笑顔を浮かべていた。
「ベルリオット様、あなたは本当に良い剣士だし、ウィルストップ家には感謝してもしきれません。剣を鍛えろというのでしたら、もちろん、協力はいたします。数は期待しないで欲しいですが」
「ああ、いや、今日は剣が欲しくてきたわけじゃないんだ。せっかく最近、魔剣になったから、しばらくこいつを使いたいし」
ベルリオットは腰の剣を撫でる。
「見て欲しい物があって。これなんだけど」
「ん! ベルリオット様もこれを持っているのですか。ということは、オーファルのスカーレット」
「え、あ、よくわかったね」
ベルリオットは目を丸くし、クララと顔を見合わせる。
ヘラルドはカウンターの下から、異常な傷み方をした剣を3本取り出した。
「なんかいっぱいあるぅ!?」
「昨日、オーファルのスカーレットが店に来ましてね。その時、あの娘は、試し斬りをしたんですけど、結果、こうなりました」
ヘラルドは閉じていたカーテンの一部を開いた。外の明かりが入ってきて、試し斬り用の空間が露わになる。そこは昨日の衝撃の痕跡が色濃く刻まれたまま時間が止まっていた。
両断された藁人形、重石、床。
「上から、こう、かな。ここまで入るってどういう……って、ちょ、ちょっと待ってくれ! 試し斬りって……ちょこっと振るっただけだよな? それでスカーレットの握った剣は、魔剣になるのか!?」
「そうみたいです」
ヘラルドは肯定するほかなかった。実際そうだったのだから。
「私が思うに──」
ヘラルドは持論を展開した。オーファルのスカーレットが剣の極みにいるからこそ、起こり得るのだと。剣と肉体が文字通り一心同体となるからこそ、ここまでの侵蝕があり得るのだと。
「たぶん、彼女が握っている剣は、心臓の鼓動を刻んでいますし、欠けたら泣くし、傷がついたら血を流すと思います」
「いや、さすがにそれはないんじゃ……」
真面目な顔をして語るヘラルドに、ベルリオットはいまいち全力で否定できない。
「よく強すぎる剣は、持ち主を腐らせるといいます。身の丈に合わない武器に振り回されることの例えです。彼女の場合は、まったく逆。強すぎる剣士は、あらゆる剣を腐らせるのです。もはや彼女がまともに振るえる剣は存在しないでしょう」
「この魔剣は腐っているのか?」
「はい。内側から崩壊が始まっているので、耐久が話にならないです」
ヘラルドは言い、侵蝕された剣に視線を落とす。
「強すぎるあまり、武器としての価値すらないのか」
「いえ、実はそれなのですが……鍛え直すという手段がありまして。彼女が握り、彼女の魔力に当てられた剣は、剣の素材として、名だたる魔法金属を上回るかもしれないのです。私はその可能性を追求しようと思いまして」
「なんだって。そんなことできるのか?」
「まだ可能性の話です。ですので、どうかご内密に」
ベルリオットは周囲をきょろきょろと見渡す。そして、クララが目に留まった。
「誰にも言うなよ、ビジネスの香りだ」
「私は言いませんよ。言うとしたらベルリオット様です」
「なんでだよ」
「なので、ベルリオット様、もしよろしければ、その魔剣を譲ってくださいませんか? もし試みが成功した暁には、必ずやウィルストップ家に献上することをお約束しますので」
「ああ、まあ、いいだろう」
(ヘラルドのおかげで、いろいろと勉強になった。”剣聖”スカーレット。なんというか……知れば知るほど、とんでもない奴だって思い知らされる)
ベルリオットとクララは、『ヘラルドの店』をあとにした。
「しかし、足取りが途絶えちまったなぁ……どこに行ったんだ、オーファルのスカーレットは」
「はあ、あの、ベルリオット様」
呆れた顔のクララは、半眼で主人を見上げる。
(あ、この顔、別に足取り途絶えてないって言いたげだ。えーっと、そうだっけ。騎士団本部に来て、そこから武器屋いって……)
「……わからん。教えてくんない?」
「いいですか、ベルリオット様、オーファルのスカーレットとユーミルのエリナは、ホフ方面に向かう街道を歩いている最中、野盗と接触、これを撃退し、報告のために騎士団本部を訪ねたんですよ。つまり──」
「ホフホフ! あー、今思い出した! ホフ! そうそう! ホフね! クララ、ボサッとするな、ホフに行くぞ!」
ベルリオットはマントを、音を立てて翻し、都市外壁西門へと向かった。
「今度はなに?」
まだジト目を向けてくるクララに、ベルリオットは不安になり始める。
「わざわざ歩いていくおつもりですか?」
「馬ぁあ! 馬あるぅ! 俺、貴族ぅ!」
叫び、ベルリオットは引き返した。
そして、ウィルストップ城で軍馬を手配し、西門より出発した。
(やっぱり、俺って馬鹿なのかな……?)
ベルリオットはまたしても自信を目減りさせた。




