ヘラルドの述懐
『ヘラルドの店』のカウンターで、店主ヘラルドはうなだれていた。しばらくそうしていたが、今だに動き出す気になれなかった。
チャリンチャリン。
ベルが鳴り、入り口に人が立つ。
「お客が来たというのに挨拶もないの。一体どういう神経をしているというのかしら、ここの店主は」
高飛車な声音が響いた。
ヘラルドは力なく振り返る。
黄金に輝く美しい髪と淡い碧眼。豊かな双丘と完璧な美しさを持った少女がそこで不機嫌そうに腕を組んで立っていた。
「リーファス様……すこし来るのが遅かったな」
「はあ? むしろ早いくらいでしょう?」
「注文の品だが、もうここにはないぞ」
「なんでよ! もう完成してるって言ったじゃない」
「完成はしていた。”100年に一人の天才”にふさわしい俺の最高傑作だった」
「ここにないのならどこにいったわけ。私の『流れ星の淡緑剣』は」
リーファス・ネゼ・ベルネレットは呆れつつも尋ねる。店のなかを歩く彼女の視線は、試し斬り用の空間へ向く。そこには両断された藁人形と、重石、床に一直線に入った剣傷がある。
異様な雰囲気を感じ取り、リーファスは眉根をひそめた。
「持って行ったよ、本物の剣士がな」
「持って行ったって、あなたね……説明する必要があるでしょう」
「その通りだ。客のオーダー品をほかに売るだなんて、話にならない落ち度。だが、なんでだろうな、俺はそうせざるを得なかったんだ。俺は剣に生きてきた。剣士としてではなく、鍛冶師としてな。そのせいかもな」
ヘラルドは虚ろな眼差しで、店内に飾られている自分の作品を見やる。
「ちいせえ頃から、親父に無理やり技を伝授されて、火傷ばかりの日々だった。あれが痛くて痛くて、本当に嫌だった。だが、いつからか剣の魔力にのめり込むようになったんだ。親父は満足げにして、どこかへ行っちまった。以来、工房と店を継いで、俺は並ぶ者のいない剣匠になった。傲慢で、不遜で、客を選ぶようになった。一流しか相手にしない、だなんて豪語もした……はははははは。リーファス様、俺は勘違いしていたんだ。もうこれ以上の上はないだろうって。ここが頂点だって」
ヘラルドは分厚い手でカウンターの上に転がる、傷んだ剣を手に取った。
「俺には剣の声が聞こえる。ちょうどのめり込むようになった頃からな。だから、わかるんだ。俺が鍛えた剣にふさわしい剣士が。剣が人を選ぶのさ。剣がそいつの腰にいたいと告げてくる。そんな剣士は両手で事足りる。リーファス様、あんたは最高の剣士だったよ。『流れ星の淡緑剣』はあんたを認めていた」
ヘラルドは傷んだ剣をリーファスへ示すように見せつけた。リーファスは剣を受け取り、その異様な傷み方に瞠目する。
「俺の剣を使ってもいいと思えた剣士は、100人も会ったことがない。ふさわしい剣士は10人もいない。だがな。俺の剣では力不足だと思った剣士は、あの少女が初めてだった」
「少女?」
「まだ若い。ピンク色の髪の、身長はこれくらいの、ギャンベゾンを着た娘だ」
ヘラルドは疲れたように告げる。
リーファスは背筋をビクリと震わせた。
「この傷みは、魔剣の症状だ」
「これが、こんな禍々しいものが……」
「だが、不完全とでもいうべきか。恐らくは急速な魔力の浸食が、剣そのものを崩壊させてしまうのだろう」
「こんなことが……起こり得るというの。魔力が強すぎるからということ?」
「恐らくは、それだけじゃない」
ヘラルドは瞼の裏に焼き付いた、少女の美しい剣捌きを想起する。
「一流の剣士は、剣を手足のように操るという。リーファス様もわかるはずだ。しかし、あの娘の場合は、もはや肉体と同義。あの子の握る剣には、心臓の鼓動さえ宿る。きっと折れれば血を流すし、涙もこぼすだろうな」
「さすがにそれはないんじゃ……」
「極度の集中力。剣の道を究めた結果辿り着いた境地なのかもしれん。恐らくはその結果が、剣と一体化してしまうことなのだろう。結果、剣のほうがあの娘に耐えられず、破滅する……うぅ、うぅぅ」
「ヘラルド、あなた、泣いてるの?」
リーファスは目を丸くする。
ヘラルドの瞳から涙がこぼれる。
「悔しい、俺は、悔しいんだ……いや、誇らしいのかもしれない! 一本一本、魂を込めて鍛えた。すべての剣は俺の子だ。一番出来がよかった、あの子は、最高傑作の『流れ星の淡緑剣』は、恐らくすぐに死ぬことになる……あの子でさえ、あの娘の腰には、到底、ああ、到底、ふさわしいなんて言えない! あの娘が本気で振るえば、三振りももたないはずだ。俺にはわかるんだ。『流れ星の淡緑剣』もそのことがわかっていたはずだ。だがな、リーファス様、あの子は、それでも、死ぬ運命にあるとわかっていても、あの娘の剣になることを望んでいたんだ……! それを、俺が、どうして止めることができる!」
ヘラルドは嗚咽交じりに叫んだ。
リーファスはその迫力に押されてあとずさる。
「それで、私の剣をその娘に売ったわけね……商人としては三流以下ね」
「なんとでも言ってくれ、すべてあんたが正しい。俺は、馬鹿なことをした。親父の代から積み上げてきた店の信頼もなにもかも、これでおしまいだろうな」
ひどく落ちこむヘラルドは、自嘲するように笑む。
「顔をあげなさい、ヘラルド。あなたは商売人としてゴブリン以下の不出来さだけれど、でも……そうね、剣匠としてはやはり一流の中の一流だわ、感覚だけは正しいもの」
「リーファス様……?」
「娘の名前はオーファルのスカーレット。巷では”剣聖”などと呼ばれ始めている。あと2日間、こっちの別荘で私を部屋に引きこもらせた娘でもあるわ」
「な、なんと。知っていたのか。引きこもらせたというのは……何かあったのか?」
「聞かないでくれる。殺すわよ」
リーファスはギロッと鋭い眼差しを送る。ヘラルドは本能的な恐怖のままに、口を閉じた。
(あの村娘ぇ……最年少記録を奪って、私を試験官たちの前で辱めただけでなく、600万シルバーを積んで注文した剣まで盗んでいくなんて! なんなのもう!!)
リーファスは怒りで頭がおかしくなりそうだった。
だが、あまりにも腹が立ちすぎて逆に冷静になった。
(はあ……ここまでの屈辱、早々に味わえるものではないわ。今は甘んじて受け入れてあげる。目を逸らしてはいけないもの。あなたは私よりも強い。今はね。そのことは認めないと。先へは進めない。いつか必ず、借りは返すんだから)
「ヘラルド! すぐに私の剣を鍛えなさい! 600万シルバー分の仕事はしてもらうわよ!」
「は、はい。半年以内に」
「馬鹿なこと言わないで。今日中に決まってるでしょ!」
「そんな無茶な……あれレベルの剣は、すぐには打てない」
「じゃあ今すぐ取り掛かりなさい!」
リーファスが凄い剣幕で怒鳴ると、ヘラルドはすぐに店を閉め、鍛冶場へと走った。




