武器屋
わたしは武器屋なるところに足を運んだことがない。だから、エリナが提案した時、脳裏に電流が走るのを感じたの。
確かに、と。
そこでなら魔力で壊れることのない剣が手に入るかも、と。
「え? 武器屋ですか?」
騎士団の詰め所に引き返して、キキに聞いてみた。騎士ならばそうした店にも詳しいと見込んでのことだ。
「武器屋さんにもランクがありますからね。スカーレットさんほどの剣士が扱うにふさわしい得物となると、粗悪で安いものより、腕の良い鍛冶師の名剣がふさわしいと思います! 気難しい人なのですが、ウィルストップで一番と謳われる剣匠をご紹介しますね!」
キキのおかげで、良い人を紹介してもらえた。
言われた場所に足を運ぶと、カンカンと鉄を打つ音が響き、うだるような熱気が顔を焼いてきた。
炉の中で燃える炎が、煌々と暗い鍛冶場を照らしている。揺れる影のなかに、汚れたタンクトップ一枚に筋肉を封じ込めた、厳しい風貌の男が一心不乱にハンマーを打ち下ろしている。そのたびに散る火花の閃光が、影を作り出す。
「あなたが鍛冶師のヘラルドさんですか」
声をかけると、男は作業の手を止めずに口を開いた。
「いかにも」
それだけ答えて、再び沈黙する。
「とても腕の良い剣造りだと聞きました。ぜひ剣を見せて欲しいんですけど」
ヘラルドは聞こえているのか聞こえていないのかわからない緩慢な動作で、作業を続ける。ひとしきり打ち鍛えた金を、炉の中に戻すと、こちらに向き直る。
「皆、俺の剣を求める。ウィルストップ中の剣士がな。冒険者も、騎士もな。いくら作っても、飛ぶように売れる。いくら値上げしても、飛ぶように売れる。俺はどうやら鍛造の天才なんだ。だから決めたんだ。俺は一流の剣士にしか売らないとな」
「それでも飛ぶように売れると」
ヘラルドは笑みを深めた。
「で、見たところ華奢だが、剣は使えるのかな、お嬢ちゃん」
「得意ですよ。かなりね」
「自信家だな。目でわかる。まるで不安を感じていない。俺みたいなイカつい顔の大男が目の前にいるのにな。そっちのお嬢ちゃんとは雲泥の差だ」
ヘラルドがチラッと視線を動かすと、背後のエリナが「ヒッ」とちいさな声を漏らした。
「1時間後に表の店に来い。今日は受け渡しが何件かある。その時に店を開ける」
「ありがとうございます。また来ます」
言われた通り、1時間後に店を訪ねた。
店は熱気のこもった鍛冶場の隣にあった。
『ヘラルドの店』と簡易的な看板が立てかけられている。
店内には、すでに先客がいた。
精悍な顔立ちの男だ。
「ありがとうございます、ヘラルドさん。あなたの剣を腰にさげることが出来て本当に嬉しいです」
「しつこいからな。粗悪品でいいならくれてやるさ」
「それでもウィルストップで指折りの剣です」
精悍な顔立ちの男は満足そうに店を出ていった。
「はん。剣の良し悪しもわからない若造が。ウィルストップの剣士は、皆、ヘラルドの剣を欲しがる。この俺の剣をな。欲しいのは名前だけなのさ。あんな奴らにはナマクラで十分だ」
「スカーレットさん、気難しいっていうのは本当みたいですね……」
エリナがこそっと耳打ちしてくる。
「で、お嬢ちゃんはなにが欲しいんだ」
「良い剣を」
「ふん、良い剣ねえ。じゃあ、これはどうだ」
ヘラルドは近くの樽に放り込んである一本を手に取り、渡してきた。
錆はない。歪みもない。見た目も美しい。
「良い剣ですね」
「はっ、そうだろ。当然だ。俺が一本一本、魂を込めてる」
「試し切りさせてもらっても」
人を模した試斬材。
木の芯に干し草を纏わせたものだ。
わたしは片手で流れるように打ってみる。
風切り音とともに干し草をポフンッと叩く音が響いた。
「……」
ヘラルドは腕を組み、眉間にしわを寄せて壁に体重を預けながら見てくる。
「んー」
剣を見る。
かなり力を押さえた。
だが、案の定、傷みが生じていた。
根元から亀裂が走り、刃全体がわずかに爛れている。
どうしよ、売り物を壊しちゃったな。
「……それはなんだ?」
ヘラルドは怒ったような顔で聞いてくる。
「すみません。やっぱり、剣を買うのは諦めます。この剣の代金は払いますので」
「8万シルバーだ。お前に買えるのか?」
え? そんなするのこれ?
「手持ちは……2万と4000シルバーしかないです」
迂闊だった。剣って意外と高いんだな。
「見せてみろ」
ヘラルドはわたしから剣を取りあげ、鋭い眼光で検分し始める。まるで剣と話をしているみたいだ。
「……満足しているのか、お前」
「なにか言いましたか?」
「なんでもない」
ヘラルドは傷んだ剣をカウンターに置き、店内をうろつき始める。そして、鍵のついた棚を開いて、鞘に入った一振りを取り出した。
「『絶息の鋼剣』。こいつを試してみろ」
鞘から剣を抜き放つ。
くすみの一切ない磨き上げられた剣身。
先ほどよりも上等な剣だとすぐわかる。
感じるんだ。魂を。
「良いんですか。さっきより高そうですけど」
「シルバーはいらない。こいつの望みだ」
今度も軽く藁人形を打ってみる。
だが、やはり、根本からの侵蝕は始まっていた。
「ならこれだ。『漆黒の夜明け』」
ヘラルドはカウンターの中から剣を出す。
黒い剣身の禍々しい剣だ。
「黒鉄鋼を、新月の夜に夜明けまで打ち続けて仕上げた傑作だ」
「弁償できませんよ」
「そんなことはどうでもいい」
ならいっか。言質は取った。
今度の剣はやや手応えが違った。
振っても力が抜けていく感じがない。
オーファルでわたしが振っていた剣。マーリンが繰り返し強化魔法を施してくれた剣と振り味が近い。いいねこれ。
「はっ!」
藁人形を斜め下から斬り上げ、両断する。
「あ」
少し力んでしまった。
見れば黒い剣身が傷んでいた。
「くっ、コイツでもダメだというのか……」
ヘラルドは苛立ちながら、店の奥に引っ込んでいった。
戻ってきた時、彼の手には、淡緑の輝きを静かにたたえる長剣が握られていた。
「魔法金属ミスリルをもちいた作品だ。今日までの俺の最高傑作だ」
「ミスリル?」
許可証と同じ素材だ。
「頼む、こいつを振ってやってくれ」
ヘラルドは悲しげな表情をしながら、両手で剣を差しだしてきた。なんだろう。どういう感情なんだろう。
有無を言わせない圧力を感じながら、剣を受け取る。
「これは……」
違う。握った感じが。
構えてみても違う。重みが。
安定感。力が抜けていく感じが少ない。
マーリンが強化魔法を繰り返しかけてくれた剣よりも良い。
「はっ!」
わたしは藁人形を上段から一息に斬りつけた。
人形を支える棒、固定している重石、その下の床まで、剣は入っていた。
すべてが真っ二つになり、一拍遅れて崩れ落ちた。
「す、すごい……さすがはスカーレットさん!」
「うん、これは相当良い剣ですね。さすがは最高傑作」
「……はぁ」
ヘラルドは胸を撫でおろし、ほっとした表情になる。そして、カウンターに寄りかかった。
「持っていけ」
「これ高いんですよね」
「シルバーは必要ない」
「どうしてですか?」
「いいから。連れていってやってくれ。そして、俺の目の前から消えてくれ。頼む」
ヘラルドは辛そうな表情で、さっさと行けとばかりに手を振る。くれるというのなら貰うけど。
ヘラルドはわたしたちに背を向け、カウンターに両手をついて、うなだれる。話しかけることが躊躇われるほどの、重苦しい空気だった。
「それじゃあ……いただきますね。ありがとうございます、ヘラルドさん」
「あぁ……こちらこそ」




