剣聖の噂3
ベルリオットとクララは、冒険者ギルドをあとにした。
足取りは自信に満ちている。情報を得たからだ。
(2日前、街道で野盗が出たらしい。荷馬車を襲い、積み荷を奪おうとしたとか。その時、冒険者が3人、犠牲になった。3人だ。剣士ふたりに、魔法使いがひとり。普通の野盗だったら、まず襲わない。相当な命知らずか、場数を踏んだ悪党だったってわけだ。オーファルのスカーレットがこれを制したらしい)
「野盗退治とは、殊勝な冒険者ですね、オーファルのスカーレットは。それも騎士団に報告をしているなんて。立派な領民です」
「褒賞金が欲しかったんじゃねえのかな。そのまま奪ったら犯罪者だしな。俺だったら面倒くさくてわざわざ報告なんかしねえよ」
「ベルリオット様、民の規範となるよう言動には気を付けてください」
クララはムッとしてベルリオットを睨んだ。
「冗談だよ、怖い顔するなって」
(まあ、冗談じゃねえんだけど。お手本になるべきってのは、もっともだから確かに言葉には気を付けたほうがいいな)
騎士団の詰め所に二人はやってきた。
「ちょっといいかい」
ベルリオットが軽く手を挙げながら声をかける。
「はいはい、なんですか──って、べ、ベルリオット様!?」
「帰られていたんですか。北の砦に左遷……じゃなくて派遣されたとか聞きましたが」
「まあ、ちょいと人を探しててね。お前ら、2日前の野盗の担当者教えてくれる? あと荷馬車とかまだあるか?」
ベルリオットは騎士団本部に保管されている荷馬車のそばにきた。そこで待っていると街道の後処理を担当した騎士を捕まえることができた。
「ベルリオット様、お久しぶりです!」
「あ、うん、久しぶりだね。ご苦労様」
(誰だっけこいつ……)
ベルリオットは3秒ほど頭を捻り、思い出すのを諦めた。
「ホフ方面に2時間ほど歩いたところなのですが、血の海でした。死体の損傷具合が酷くてですね。領法に則って、野盗たちは野犬の餌とするべく脇に避けて捨てておきました。冒険者と御者はその場で埋葬。祈祷も済んでいます」
「うむ」
(一般的な対応だな)
「よほどの悪党だったらしいな。5人でリンチだったとか。死体もひどくなるわな」
「あ、死体の損傷がひどいというのは、野盗たちのほうでして」
「そっち?」
「ええ、見ますか。これ、野盗たちから作業員が剥いだ装備なんですけどね。ほら、この皮鎧、すごいでしょう?」
騎士に渡された皮鎧を改める。
おそらく胴体を守っていただろう鎧は、均一な切断面のもと二つに断たれていた。
(ああ? なんだ、こりゃ……っ)
ベルリオットをして初めて見る切断痕だった。
剣を振り始めて25年。人も怪物も斬ってきた。時には防具の上から力一杯に斬り伏せたこともある。確かに、皮鎧ならば武器次第で斬れることはある。
でも、それは条件が整った場合だ。
ベルリオットは、ほかにも同じような断面を持つ皮鎧の残骸があることに気づいた。ひとつずつ手に取って改める。
想像が巡る。この鎧の装着者がどんな最期を迎えたのか。
「あとこれも見てくださいよ」
「今度はなんだ」
ベルリオットはブリガンダインを渡された。
金具の鋲が打ち込まれているため、価値がある品だ。
片側が著しく損傷していた。
「これを着てた奴はどうなった?」
「左肩と左胸が、まるっとなくなってました。あたりには肉片が。たぶん、即死でしょうね」
「……魔法か?」
「十中八九」
(オーファルのスカーレットは、3日前の上級免許試験で、魔法免許も取ったらしいが……)
「クララ、なんだったっけ。スカーレットの魔法」
「試験では『魔力の矢』のみを使用したようです。申告上は使用可能な魔法はそれだけです」
「じゃあ、これソレかなぁ?」
(『魔力の矢』。魔法のなかじゃ、有名なやつだ。俺でも知ってる。何度も見る機会はあったが……『魔力の矢』ってこんな感じだったっけ……?)
ベルリオットの記憶のなかにあるのは、矢の代替品という認識だ。盾を突破することはできず、ストンストンと軽い音を立てて刺さっている光景が思い出された。
「『魔力の矢』ではないと思いますよ。あの魔法では、こんな破壊痕はとても作れませんから」
「じゃあ、ほかになんだっていうんだ」
「それは……わかりかねます」
クララは不貞腐れたように口をつぐんだ。
(”魔手”のローゼリアが触れただけで右腕を焼かれ、トラウマを植え付けられるほどの魔力。ありえるかもしれない。スカーレットなら)
ベルリオットは奇妙な確信を覚えつつあった。
「でも、たしか二人組だったはずですよ。野盗討伐をしたのは」
「そうなのか?」
「ええ、確か剣士と魔法使いでした」
(うーむ。じゃあ、魔法使いのほうがこの爆ぜたブリガンダインの正体と見るのが妥当か……)
「野盗討伐をした二人組について知りたいのでしたら、キキを訪ねてみたらいいですよ。彼女が褒賞を担当したので」
ベルリオットは言われるままに、キキなる少女をたずねた。
(黒髪の可愛こちゃん。あの子かな)
「君がキキちゃんかな?」
「はっ、はひ! べ、ベルリオット様!」
「楽にして。肩の力を抜いて」
(言いながら、さりげなくキキちゃんの肩をポンポンする。そして、揉み揉み。ちっちゃくて可愛いねえ~)
「ベルリオット様」
クララは目を細め、ベルリオットの脛をつま先で刺した。
「いがぁぁ! な、なにするんだ、この……っ」
「ふん」
澄ますクララに、ベルリオットは涙目で脛を撫でる。
キキは困惑し、騎士と従騎士の顔を交互に見た。
「こほん。失礼、まあ、緊張もほぐれたということで。オーファルのスカーレットについて教えてくれ。足取りを追う手掛かりとかあれば、なおのこと良いよ」
キキはまったく緊張が抜けてない表情で、昨日のことを話し始めた。
「オーファルのスカーレットと、ユーミルのエリナですね。彼女たちは昨日、ここで褒賞金を受け取っていきました。まだ若いのに、本当にすごいなぁっと思いまして。えっと、私も頑張ろうって思いました!」
「うん。良いね。で、ほかには?」
「あ、あの……」
「どうした?」
「彼女たちは、なにか、したんでしょうか?」
「そういうことか。勘違いしないでくれ。別に悪いことをしたから足取りを追いかけている訳じゃない。具体的なことは、あー、まあ言ってもいいか」
「ベルリオット様、勝手なことをするとガンメルン様に怒られますよ」
「別によくね? 隠す方が怪しいじゃん。ねえ」
「え、い、いえ、私に聞かれましても」
キキは慌てふためく。
「凄い剣士なんだよ、彼女。魔法も使える。一部じゃ”剣聖”って呼ばれてる」
「け、剣聖、ですか」
「うん。あの子、14歳なんだよ」
「え!!?? 若いとは思ってましたけど、そんなに!? 背が高いので、気づきませんでした。え、でも、14歳って、あのお方よりも?」
「そう。”剣姫”より若くしてミスリル許可証に至ってる」
キキは生唾を呑み込む。
自分が相対した少女の異常性に今になって気づいた。
だが、一方で勘は正しかったとも思っていた。
(ただならぬ子だとは思ってたけど、まさかここまでだなんて! オーファルのスカーレット、本当に凄い剣士だったんだ!)
「てなわけで、親父が欲しくなったらしくてね。探してるわけよ。騎士団に特別誘致するためにね」
「な、なるほど! それは見事な考えだと思います! そんな凄い女の子が騎士団に入れば、きっとウィルストップはもっと良くなりますよね! いやはや、私のような者にわざわざお教えいただきありがとうございます!」
「んふふふ、特別だよ?」
キキは安心したように胸をなでおろす。
ベルリオットは可愛い女の子に甘かった。
すぐ隣でクララは深いため息を吐いた。
「そういうことでしたら」
キキは思い出したように作業机の下へ手を伸ばす。
「これ彼女が残していった剣なんですけど」
「剣? へえなにそれ」
「傷んだからもういらない、とか言ってましたよ」
ベルリオットは鞘に納められた剣を受け取る。
「っ」
手に取ったベルリオットは、異変を感じ取った。
指先からチリチリとした熱さを感じた。
痺れるような、不快な感覚だ。
すぐに手放したくなるような。
真剣な表情で、鞘から剣を抜き放つ。
爛れた鋼に、稲妻のような模様が刻まれていた。
ベルリオットにはわかった。
剣が並々ならぬ魔力に侵されていると。
(なんて息苦しい……これがオーファルのスカーレットが握っていた剣……まさか、そういうことなのか?)
ベルリオットのこめかみから冷汗が滴る。
クララとキキは、その横顔を不安そうに見つめた。
「魔剣だ」
確信した口調で告げた。
(魔力使いが長年使いこんだ道具には、念が宿るという。それはある種の魔法。長年使ってると、かけてしまうんだそうな。自分の人生、命、存在をかけてきた道具に魔法を。俺の場合は、20年かかった)
ベルリオットは戦慄した。
わずか14歳の少女が魔剣を生み出した事実に。
そして、それを「傷んだからいらない」と捨てていった感性に。
(なにを考えているんだ!? 何が狙いなんだ、オーファルのスカーレット!)
ベルリオットは、口を半開きにし、しばらく考えこんだ。
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