剣聖の噂2
まだ明るい時間。
領都中心、小高い山の城から出てくるふたつの影があった。
ひとりは茶色いあごひげと短い茶髪の壮年の男だ。白いふさふさとした襟元のマントを羽織って、腰には装飾のついた立派な剣をさげている。ウィルストップ伯爵領が誇る領主の懐刀にして実息子ベルリオット・ファン・ウィルストップである。
その隣を歩くのは、まだうら若い少女だ。編み込まれた白い髪をコンパクトにまとめ、動きやすい革の鎧に身を包み、腰には飾り気のない剣をさげている。
「クララ、それで冒険者ギルドはどっちだ。教えなさい」
「ベルリオット様、もしかしてもうウィルストップの地理を忘れてしまわれたのですか?」
「人をポンコツみたいに言うのはよすんだ。ご主人様だぞ」
従騎士クララは、ちいさくため息をつき「あちらです」と方向音痴な主のために道案内を始める。
「しかし、どうして冒険者ギルドに?」
「親父の発案だ。そこへいけば、”剣聖”ちゃんについて足取りがつかめるだろうとな。冒険者を志しているのなら、そこできっと依頼をこなしているんだろうさ」
(俺にくだされた厳命は、オーファルのスカーレットの捜索と誘致だ。絶大な武を誇る”剣聖”を必ず、ウィルストップ家の麾下に加える。それが親父殿の望み)
ベルリオットとクララは、冒険者ギルドに辿り着いた。
ふたりが両開き扉を開けると、自然と視線が集まった。
騎士。それもかなりの高位。
ベルリオットの身に纏うマントの厚みと豪華さ、装飾の立派さ。それらすべてが彼の並々ならぬ身分を証明している。
酔っ払いたちは声のトーンを落とした。
「久しぶりにきたなぁ」
「ベルリオット様、ギルドに来たことが?」
「まあ、子供の頃はわりとな」
ベルリオットは耳をほじりながら、酒場を見渡す。
(身長170cm前後、ピンク色の髪と瞳……パッと見はいねえな)
ふと、視線をある一角で止めた。
迷いなくそこへ足を向ける。
「久しぶりだな、婆さん」
ベルリオットが腰を下ろすと、周囲の男たちは緊張の面持ちになった。彼が話しかける相手は、皺の深い老婆だ。
(”魔手”のローゼリア。わりと最近まで現役で冒険者をやっていた。ベテラン中のベテラン。ウィルストップの冒険者で彼女を知らない奴はいないだろうな)
放心状態だったローゼリアは顔をあげた。
「ベルリオットの坊やかい……」
「坊やはもうやめてくれよ。もういい年のお兄さんだぜ。なあ、クララ。ねえ、なにその目。キツ、みたいな」
「34歳はおじさんだと思います」
(クララ、最近当たり強いんだよなぁ……)
ベルリオットはしょんぼりしつつ、咳ばらいをひとつ、気を取り直す。
「昔話をしてもいいんだが、ちょいと人を探しててな。たぶん、ここに来たと思うんだ。冒険者になるためにな」
「ほう、どんなやつを探してるんだい?」
「名はオーファルのスカーレット。クララより頭ひとつ大きくて、ピンクの髪と瞳。あとおっぱい大きめ。14歳。茶色いギャンベゾン着用。心当たりは?」
「ひっ……!」
「婆さん? どうした?」
「うぅぅ、あぁぁぁ!」
「婆さん!?」
ローゼリアは包帯が巻かれた右腕を押さえて苦しそうにする。
「はあ、はぁ、はぁあ。もう大丈夫」
「なんだってんだよ」
「その娘なら、確かにここに来たよ」
「まじか。やっぱり、冒険者になっちまったのか。親父が怒るなぁ……」
「ベルリオット、お前さん、あの娘を探しているのか。なら気を付けることだね。あれは、私たちの想像を絶する」
ローゼリアはゆっくりと右手の包帯をほどき始めた、ベルリオットは生唾を呑み込み、緊張した面持ちで見守る。
包帯の下、老婆の右手には蒼い稲妻のような傷跡が走っていた。それはほのかに光を放っており、胎動しているように見えた。異様な様相にベルリオットの心臓は跳ねあがった。クララは息を呑み、思わず一歩さがる。
「な、な、なんだそれ……!? 大丈夫なのか、婆さん!?」
「大丈夫か大丈夫じゃないかでいえば、まあ、大丈夫寄りさね」
枯れ枝のような指を動かして見せる。
手としての機能に問題はないようだ。
「私は迂闊だったのさ。若い頃と同じさ。あの時は自信満々で、歳をとるにつれて、自分は至らぬところばかりだと知って、そうして丸くなったつもりだが……気づいたら、また全部わかった気に戻っちまっていたのさ。魔力を感じる力。これで測ろうなんて思ったこと自体、すでに傲慢だったんだろうねえ……」
「どういうことだ? 何があったんだよ」
「ただ、あの娘の手を握った。それだけさ。それだけでこのザマさね。ははは……”魔手”のローゼリアが聞いてあきれる。無知で、無謀で、身の程知らずだった」
今の老婆の姿は、ベルリオットの記憶のなかよりもずっと小さかった。
「火に手をかざし、熱さを知るように、私は他者の魔力を測れる。この力で、いろんな才能を見つけてきたつもりだった。だが、違った。私はまだ本物の才覚を知らなかった。その想像すらできていなかった。いいかい、ベルリオット、あの子は太陽。熱さを知ろうと、触れれば、身を滅ぼす。これがその証左。わずか内に入っただけでこれだ。出てくるのがあと数秒遅かったら、どうなっていたかわからない。気を付けるんだよ」
震えた声で語るローゼリア。
「……ありがとう、ローゼリア。それで、そのあとを知ってるか?」
「あの娘は、私が目覚めるまでそばにいてくれたよ。それで、深く謝って出て行った。なんでも、怪物の情報を欲してたね。危険な怪物の情報を。私にわかるのはそこまでだ」
「そうか。助かったよ、ローゼリア。こほん。すこし昔話をしようぜ」
怯えた老婆を励まそうと、ベルリオットは話題を変えた。
そうして、しばらく語り合って空気を和ませたあと、彼は冒険者ギルドのなかで聞き込みを続行した。
(オーファルのスカーレット、俄然興味が湧いてきた。一体どんな娘なんだか)
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