第三十二話 産科法、起草
医師ギルド創設、可決。
祝杯もそこそこに、セレスティーヌは「産科法」の起草に入った。四十歳の医師に、達成感に浸る暇はない。
> 産科法、構想
>
> 一、すべてのお産に、産婆または医師の立会を必須とする。
> 二、煮沸消毒を義務化する。
> 三、新生児死亡数について国家統計を開始する。
> 四、産婦の産後死亡数についても国家統計を開始する。
> 五、保健局を設置する。
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「ラファエル様、これは議会で通せるかしら」
「最大の抵抗が来ます」
ラファエルが深く息を吐いた。
「煮沸消毒の義務化には燃料が要ります。貧民も、地主も、領主も、みな抵抗するでしょう」
「ええ」
「ですが——」
ラファエルがわずかに微笑んだ。
「私たちには、王弟殿下のご後援があります」
「ええ」
「リリア嬢たちベル・トリオの共同声明もある」
「ええ」
セレスティーヌは、指を一本、また一本と折っていた。カルテの所見を数えるときの癖だ。
「神殿改革派、マルセル神官のご支援もあります」
「ええ、三つ」
「勝てます」
セレスティーヌは、握った拳を、静かに机に置いた。
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その夜、ベル・サンテの執務室で、セレスティーヌは机に向かってペンを握っていた。
机の上には、ヴィクトールから毎週届く手紙が積み上げられている。すでに十二通。
毎週、毎週、毎週。
「お嬢様」
ロザリーが、頬に隠しきれない笑みを浮かべて入ってきた。
「ヴィクトール様の十三通目が、本日届きまし——」
「ありがとう、ロザリー」
そっけない返事のわりに、便箋を受け取る手つきは、やけに丁寧だった。ペーパーナイフが、封蝋の下を静かに滑る。
> セレスティーヌ嬢
>
> 産科法のご起草、社交界で伺っております。
>
> 私は議会に議席はございませんが、モンテーニュ家の領地内で、すでに煮沸消毒の義務化を始めました。
>
> 来年、当家の新生児死亡率は四割ほど低下する見込みです。
>
> 貴方のベル・サンテの教えが、すでに当家の領地に根付き始めております。
>
> ご報告まで。
>
> ヴィクトール
便箋を握る指が、ぴたりと止まった。
しばらく、言葉が出てこなかった。
――ヴィクトール様は、ご自身の領地で、もう私の改革を実装していらっしゃるのね。
議席さえないのに。誰に命じられたわけでもないのに。
セレスティーヌは便箋を胸に抱きしめた。
「……もう」
呟いた。
「ヴィクトール様、ずるい。本当に、ずるい」
頬が、燃えるように熱い。
――四十歳の女が、頬を染めてどうするの。
窘めても、熱は少しも引かなかった。




