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婚約解消されたオバカ令嬢、前世を思い出す  作者: 鷹居鈴野


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第二十九話 王弟オーギュスト殿下、関心

ベル・トリオ構想発表、その翌週。


シャティヨン邸に、金の封蝋が押された封筒が届いた。


差出人は、王宮。王弟殿下オーギュストの執務室。


---


「お嬢様、陛下の弟君、オーギュスト殿下よりお招きでございます」


ロザリーの手が、招待状ごと震えていた。


「ご面会の内容は」


「医療事業のご進捗ヒアリングと、ベル・トリオ構想のご相談と」


「そう」


「お嬢様。王弟殿下は、御年二十八。独身でいらっしゃいます」


「知っているわ、ロザリー。カルテなら見なくても言えるくらいにね」


「か、カルテ……?」


「なんでもないわ。続けて」


「王弟殿下おひとりと、お嬢様おひとり。お二人だけのご面会でございます」


「ええ」


「保守派のヴェルニエ侯爵様、今ごろ怒り心頭でいらっしゃると、もっぱらの噂で」


セレスティーヌは、口の端だけで笑った。


「結構。今度は頭じゃなくて、胃にきてくださると嬉しいわ」


---


王宮、オーギュスト殿下の執務室。


扉が開くと、青年が立ち上がった。


茶髪、緑の瞳、仕立てのいい上着。改革派と噂される王弟殿下、オーギュストその人である。


「シャティヨン家のお嬢様、よくお運びいただいた」


「殿下、ご招待感謝申し上げますわ」


セレスティーヌは礼をとりながら、素早く観察した。物腰は柔らかい。目は笑っていない。


——できる男ね。


「お嬢様の仕事は、王宮でも注目しております」


「ご評価ありがとうございます」


「率直に申し上げる」


オーギュスト殿下は、机の書類を脇へ押しやった。


「貴方のベル・トリオ構想、私が全面後援する」


セレスティーヌは、令嬢らしい悲鳴を、すんでのところで飲み込んだ。


四十年、場数を踏んできた肝っ玉に感謝する。


「殿下……」


短く応じるので、精一杯だった。


「貴方のベル・サンテで、すでに平民の新生児死亡率が半減しております。これは王国の宝だ」


「ありがとうございます」


「ですが、保守派の抵抗は強いと聞いている」


「左様でございます」


「私は、貴方の議会での戦いに、王弟として後援を表明する」


「殿下、それは——」


「貴方の勲位くんい、近日中に私から陛下に進言申し上げる」


「殿下、私は女ですし、若い令嬢に勲位は——」


「お嬢様」


オーギュスト殿下が軽く微笑んだ。


「だからこそ、勲位です」


「殿下?」


「貴方の勲位が、王国の女性たちすべての希望になる」


セレスティーヌは、言葉を探すのをやめた。かわりに、深く頭を下げた。


「殿下、心より感謝申し上げます」


---


馬車が動き出す。


セレスティーヌは、背もたれに体を預けた。長く、細く息を吐く。


窓の外、王宮の尖塔が遠ざかっていく。


——ヴェルニエ侯爵。


次にお目にかかる時は、そちらの番よ。


セレスティーヌの口の端が、小さく持ち上がった。四十年、修羅場をくぐってきた女の顔だった。

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