第二十八話 リリアとの、協業計画
その翌週。
セレスティーヌは、再びベルロワ子爵邸を訪れた。
馬車に揺られながら、ふと思う。一人じゃない、と思うだけで、こんなに気持ちが軽くなるものなのね。
応接間では、リリアがすでに図面を広げて待っていた。
「ティナさん、これ見て」
挨拶より先に、本題だった。九歳児の距離感ではない。
「ふっ、リリア。もう令嬢の振る舞い、やめたわね」
「あ、はい。二人だけの時は」
「ふふ、楽でいいわ」
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図面は、ベル・ロワ・カーヴに隣接する未開発地のものだった。
「ティナさん、ここ、ベル・サンテとベル・エトワールをつなぐ立地だと思うの」
「……ええ?」
「本拠地は王都南、ベル・サンテは王都北。離れすぎてる」
「たしかに」
「ここ、王都中央の未開発地。合同本部、置きません?」
セレスティーヌは、目を見開いた。
「リリア、それ、面白いわね」
九歳の口から出る言葉とは思えない。だが、その中身は、緒方真理子にとっても唸るしかない案だった。
「芸能と医療と美容、三本柱。これが、王国の女性たちの人生を変える塊なんです、ティナさん」
セレスティーヌは、小さく咳払いをした。
「ふっ、ふっ。緒方真理子、四十年の医療経験で言わせてもらうけれど」
「うん?」
「女性の人生を変えるのは、職業と健康と自己肯定感よ」
言ってから、内心で自分に突っ込んだ。十七歳の令嬢が、したり顔で講演口調になっている。傍から見れば、相当おかしいはずだ。
だがリリアは、目を輝かせるばかりだった。
「自己肯定感! ヘアサロンと美容とファッション、その提供元ですね」
「そう。リリアの所属タレントは、王国の女性たちの新しい自己肯定感の象徴になるわ」
「うわぁ、ティナさん、本物のお医者さんだ……現代の知見が、ぎゅっと詰まってる……」
九歳児に「本物のお医者さん」と拝まれてしまう、四十歳の魂だ。あまりのちぐはぐさに、セレスティーヌは夜勤明けの癖で、こめかみを揉んだ。
「ふふ、二人合わせれば、十年で王国の女性が生まれ変わるわ」
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リリアがペンを握り、図面の隅に走り書いた。
> 計画名:ベル・トリオ。
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> 美しい三本柱。
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> 芸能(ベル・ロワ・カーヴ/リリア)
> 医療(ベル・サンテ/ティナ)
> 美容(ベル・エトワール/ロザリー&マチルダ+ティナ)
>
> 王国の女性たちの職業、健康、自己肯定感——その三本柱を立てる。
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セレスティーヌはペンを受け取り、隣に署名した。
「セレスティーヌ・ド・シャティヨン」
続けてリリアも署名した。
「リリア・ド・ベルロワ」
「ふっ。契約成立ね」
「ふふっ、ティナさん、わたし、わたし、わたし、すごく楽しい!」
九歳の語彙に戻ったリリアが、両手を広げた。
「私もよ、リリア」
セレスティーヌも令嬢の作法を忘れ、両手を差し出した。四十年分の分別も、この瞬間だけは脇に置いていい。
二人は応接間の真ん中で、両手を握り合った。
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インクは、まだ乾いていない。
図面の隅の署名が、二人の手の熱で、わずかに滲んでいた。




