本物【ガジェット通信秋葉原スタジオ】
ある夏の日、男は何の前触れもなく八事に現れた。
私が台で対戦相手を待っていると『周泰』が乱入してきた。
はて、今日は周泰使いはいないはずだが、誰かのサブキャラクターだろうか。
周泰は先日のアップデートで大幅に強化されたキャラクターだったので、その可能性は大いにあった。
対戦が始まると、私はすぐに相手が恋姫初心者であるとわかった。
初心者がやりがちなセオリーから外れた行動や、技の選択が多く見られたからだ。
だがそれはあくまで恋姫での話だった。
対空の精度をはじめとした防御のテクニック、差し返しなどの反応速度、ここぞでの強気な読み合い。それらは明らかに、何らかの格闘ゲームをやりこんでいる人間の動きだった。
それでも私が彼を倒すことは難しくなかった。いかに格闘ゲームの経験値の差があろうとも、恋姫には恋姫の妙がある。
何度倒しても彼は乱入をやめなかった。そして、負けるたびに動きが変化し、それが正しくても間違っていても、試行錯誤を繰り返した。
しばらくして席を立った私は、オジさんにあれは誰か知っているか尋ねた。
「KOBOさんだよ」
とオジさんは少し苦々しく答えた。
格ゲー業界に疎い私は知らなかったが、KOBOはこの界隈で超がつくほどの有名人だった。数多のタイトルで闘劇など伝説の大会を何度も制し、名古屋にこの人ありと言わしめるプレイヤーだ。
「こんにちわ。最近恋姫始めたんですか?」
私はKOBOに話しかけた。
「ええ、最近ちょっと」
「どんどんうまくなってくるんでびびりましたよ。やっぱ上手いですね」
KOBOは愛想笑いをしたが、その瞳の奥に、満足なんて言葉はひとかけらもなかった。ここで終わるつもりのない目をしていた。
その日から私とKOBOの戦いが始まった。
KOBOはとにかく積極的に台に座ったが、特に私がいると向かってきた。
恋姫だけをやってきた私と、数多くの格闘ゲームを極めたKOBO。私たちは対照的だった。
その隔たりを埋めるように私たちは、このゲームの攻略についてよく話した。どんな小難しい説明でもKOBOはこと格ゲーのことであればすぐ飲み込むし、そこに潜む面白さの部分を理解してくれたので、私も話していて楽しかった。
ただKOBOは私にあまり質問しなかった。自分自身で理論を組み立て、それがどうしてもかみ合わないときにだけ私に意見を求めた。
KOBOの恐ろしいところは毎週必ず強くなることだった。
初心者は覚えることが多いのですぐに成長するが、どこかで壁を感じて伸び悩む時期が必ず来る。私自身、何度も何度も経験してきたことだ。
だがKOBOにはそれがなかった。毎週ブロックを積み上げるように一定の間隔で強くなり、そのうえで新しいことを試していた。
私はいつKOBOに追い付かれるのか、正確な逆算ができてしまった。そして、それはそう遠くないことを悟ってしまった。
秋ごろになるとKOBOが恋姫をやっている理由が判明した。
『第二回八大家戦』
各タイトルの有名プレイヤーを招いて恋姫の大会を開くというイベントだ。
KOBOはその参加者の一人だった。
大会直前になるとKOBOは完成していた。
私も負け越すことが増え、八事対戦会の参加者はあまり彼と対戦したくなさそうにしていた。
「KOBOさんすぐ強くなりましたね」
負けて台を回り込んだ私が言うと
「毎週はきわさんにいてこまされて強くなりましたよ」
とKOBOは笑った。
2017年11月18日。
八大家戦、本番。
KOBOはトーナメントを勝ち上がり決勝戦の舞台にまで上がった。
準決勝で夏侯惇使いを倒したとき
『はきわさんありがとう』
とツイートがあった。
決勝戦は惜しくもKOBOの敗北に終わったが、準優勝という名誉を手にした。
そうしてKOBOは恋姫を去った。
それからすぐ、KOBOがプロへ転向するというニュースが流れた。




