半妖の鴉天狗
茜が駄菓子屋で働き始めてからしばらく。
「いらっしゃい、芳乃さん」
淑やかな動作が目を引く女は毛女郎。小間物屋で売り子をしている人気店員さんだ。
「おつかれ、茜。煙草はあるかい」
「有りますよ。いつのもですね」
沢山ある棚の中から一つを引いて取り出す。
「こんなに棚があったら覚えきれないだろう。よくわかるね」
「芳乃さんの煙草の場所は特別です。本当によく買っていかれるので覚えてしまいました」
微笑みながら煙草を渡す。
「そりゃあいい。今後ともよろしく頼むよ。これがないとやる気が出ないんだ」
そう言うと茜の手のひらにお金を置く。
「芳乃さん、これ多いですよ」
「お礼だよ、お礼。あたしの気持ちさ。まさか返したりはしないだろう。それで上手いものでも食べな」
茜の頬に手を添えて首を傾げるさまはとても美しかった。
「あ、ありがとうございます」
「それで良し。また来るよ」
芳乃はにかっと笑って店を出て行った。
あれでほわほわ系狸妖怪の旦那さんとらぶらぶなのだからギャップでどうにかなりそう。
ちなみに、旦那の葉月さんは小物作り担当。
それからまもなく入れ違いになるように山婆が戻ってくる。
「帰ったよ。おや、なんだいぼけっとして」
「芳乃さんにお金を多めにいただいてしまって」
そしてギャップに少々当てられてしまって。
「ああ、そういう客もいるってだけだ。有り難く貰っときな。芳乃のことだ、受け取ったら喜んでいただろう」
「ええ」
「なら良いのさ。店仕舞いはしておくから、散策がてら月店で食べておいで。今日は満月だから、屋台が並んでるだろうよ」
「満月と新月の夜の店、月店でしたっけ」
「そうそう。たまに変なのを売ってるからあまり奥には行かないように」
「わかりました!」
行って来ますと声を掛けて、目抜き通りへと足を向ける。暗い夜道も妖怪にとってはなんのその。月を観ながら思いを馳せる。お土産は何にしようか。今から楽しみだ。
お祭りの縁日のように目抜き通りの両側に出店が立ち並ぶ。食べ物やくじを売っているところもあれば怪しげな薬を扱っている店もあった。子供になる薬、性別を変える香水、枯れることのない花。見るだけなら面白いが、買った後が怖い。特にあの花は肉食で、成長すると近くの妖怪を食べて糧とする。そりゃ枯れないはずだ。枯れる頃には持ち主は死んでいる。枯れる様を見ることはできない。
だから枯れない花。全部山婆に聞いた話だ。そんな物騒な店を尻目に美味しそうな食べ物屋を探す。
見慣れた姿を見つけたものだから吸い寄せられるように声をかけた。
「良い夜ですね。きゅうりの一本漬けくださいな」
「おや、茜さん」
「小滝さんも出店を?」
「ええ、なかなか人気なんですよ」
河童の小滝さんが嬉しそうに笑う。
彼の店の野菜は本当に美味しいので出店の食べ物も美味しいさぞ人気があるに違いない。
「八百屋ですから、野菜の出店です。芥子漬けも有りますよ」
「ではそちらも一本」
「はい、全部で2本ですね。一本は山婆へのお土産でしょう。袋に入れときますね。そう言えば、キムチをつけたんですよ。茜さんは辛いものがお好きですから、出来たら食べに来てください」
「それは嬉しいです!」
「ふふ、お待ちしてます」
きゅうりの漬物を齧りながら、いろんな店をまわった。焼きそばにお好み焼きなどの馴染みのあるものから、イモリの姿焼きなんてものも。人間の頃からするとゲテモノ系の物も、案外美味しかったりするから面白い。山婆と食べようとご機嫌に帰路につく。
ルンルンとした気分が一転。飛び上がるほど驚いた。尻尾がブワッとなった気がする。
だってまさか、駄菓子屋の前で人が倒れているなんて。
「大丈夫ですか!聞こえますか!」
軽く揺さぶって声をかけると、うめき声と共に目を開けた。
「は……」
「え?」
「はらがへった……」
「月店の屋台のご飯でよければ食べますか」
力なく頷くのを見て思案する。
とりあえず店の中に運ぼう。
失礼しますと声を掛けてひょいっと担ぐ。
背中に大きな翼があったので、いわゆる俵抱きというやつにした。
「おわっ」
「山婆、ただいま帰りました!」
「おかえり、なんだいそのでかいのは」
「行き倒れです。月店のご飯いっぱい買ってきたので食べましょう。この行き倒れも一緒に」
「あんたの世話焼きは白に似たのかね」
「それは嬉しいです」
「行き倒れはこっちに転がしときな。まずは水からだ」
「おかゆとかいりますか」
「必要ないよ。妖怪は丈夫だから、滅多なことではくたばらん。まあ、いきなり食べたら吐いたりはするかもしれないが」
「み、みずをくれ……」
行き倒れの人は黎明さんというらしい。
水を飲んで少し落ち着いた様子の彼は食事をしながら、事情を話してくれた。
「半妖にも関わらず妖力が強くて、やっかまれた上に鴉天狗の里から追い出されたと」
「要約するとそうだな」
「鴉天狗は一族の誇りとやらを大事にしてるからね。たいした誇りだ」
「いろいろ大変なんですね」
「あんたみたいのを野放しにしておくと後が面倒だ。しばらくここで暮らしな」
「いいのかい」
「鴉天狗は厄介なんだ、どこにいるか把握してる方が幾分かましだよ」
「私もここに間借りさせてもらってるんですよ」
「部屋は茜の隣だ」
「やった!掃除して来ます!」
走り去る茜を見送る二人。
「彼、警戒心とかないのかい」
「ないものはないね。どこかで買って来させるか」
山婆はニヤリと笑って言った。
「まあ、何かあったらその自慢の翼の一つや二つへし折ってやるから、安心おし」




