おにぎりと着物
何の因果が、運命か。
私は死んで、猫又になっていた。
残業帰りの雨の中。突っ込んできたトラックと腕に抱えた小さな野良猫を覚えている。あの事故で無事であるはずがないのに、怪我一つない。代わりに古ぼけた着物を着て、猫の耳と尻尾が体に付いていた。猫は好きだが、自分に付いてるのは複雑な気分だった。引っ張ると痛い。一体どうなっているんだ。思わず頭を抱えて気づいた。なんだか視点も高い。近くの水たまりを鏡がわりにすると、そこにはふわふわの赤毛の青年がいた。
「性別まで変わってる」
さらに頭を抱えた。本当に頭が痛くなってきた。何から何まで変わりすぎだ。いろいろありすぎてまだ受け入れられない。でもそれでも、それよりもだ。
なぜか一反木綿がこっちを見てる。
大問題だ。
私もたぶん人間じゃないが、あれはどう見ても人間じゃない。仕掛けもなさそう。所在なさげにふわふわと浮いている。
浮いてる白い布に小さな目。そこからの視線がとても痛い。敵対なのか。目が合ったらバトルとかするのか。人間でもだめなのに妖怪なんて負ける気しかしない。強制的に子分にされるとかありそうで困る。
「ねぇ、君。大丈夫?良かったら手を貸そうか」
とても親切な方でした。疑って申し訳ない。
おそるおそる声を掛けてくれた一反木綿もとい、白さんは気さくないい人だった。自分一人で抱え込むのが限界だった私は、前世が人間なこと以外は全部話した。
「そっかぁ。茜はいつの間にかここに居たんだね」
手を前に組んでうんうんと頷く彼に合わせて頷いた。話を聞いてくれるだけでも救われた気がする。
「僕の予想だけど、発生組かなぁ」
ここは妖怪の世界で、人間界とは繋がっているが、次元が少しズレているらしい。
私は見たところ猫又で、動物系の子は人間界から来る子やこっちで親から生まれる場合が多いけれど、私のように何らかの理由で急に存在が確立されることがあるとか。
私みたいに生まれてすぐにある程度成長している子は魂が疲弊している場合が多いからって休めるところに案内してもらった。
「おーい、山婆」
白髪を引っ詰め髪にまとめた女の人が出てきた。一見普通の人間に見えるけど、この人も妖怪なんだろうな。
「なんだい、こんな駄菓子屋に用なんて珍しいじゃないか」
「たまに奥で本読みに来てるでしょう」
「その時は裏から来るだろう」
「客商売の邪魔をする気はないよ」
「そうかい。それで後ろの見慣れないのは?」
「初めまして、茜と申します」
「この子、発生組で今日生まれたばかり。疲れてるだろうから二階でしばらく休ませていい?」
「顔色が悪いね。白は布団でも敷いてやんな。後で飲み物でも持って行く」
「ありがとう、山婆!」
「ありがとう、ございます」
「礼はいらないよ。早く休ませな」
二階に着くと白さんはテキパキと布団を敷いてくれた。布の手は必要に応じて長くなるみたいだ。そんな事を考えていたら、なんだかとても体がだるくて、重くて。気がつけば柱に寄りかかるように座っていた。
「茜、布団敷いたから来られる?」
「ダメかも、しれません」
「それならこうしようか」
白さんの腕が私の体に巻き付き、少し浮いて布団に降ろされる。せっかくの体験も体が言う事を聞いてくれなくてきついだけだ。耳鳴りがして視界が狭くなっていく。
「おやすみ、茜」
おやすみ、白さん。
誰かのおやすみを聞くのはすごく久々な気がした。ああ、体が重くて声も出せないのが恨めしい。心の中だけ返事をして、薄れる意識に身を任せることにした。
朝日が眩しい。
次の日の朝かと思ったが、もう二回目の朝らしい。まさか丸一日以上寝てるとは知らず、大慌てで起きて布団を片付ける。あわあわしている私を見て、山婆はニヤリと笑って急ぐんじゃないよと言って去っていった。
私が下に降りて行くと、ちょうど白さんが来たところだった。
「茜!よかった、目が覚めたんだね」
「ご心配をおかけしました」
「いいんだよ、発生組は負荷がひどいとそのまま死んじゃったり、消えちゃうこともあるから気が気じゃなかっただけ」
それは本当に気が気じゃない。
「下手に教えると余計に負荷がかかるから教えなかったんだ。ごめんね」
「いえ、そのおかげで助かったかもしれないですから」
「そこのすっとぼけ二人。二人して謝ってないでこっちにきな。にぎり飯こさえたから食いな。特に茜。あんたは残さず食べないと承知しないよ」
「ご飯をしっかり食べられたら安定したってことだから。山婆も心配してるんだこれでも」
「なるほど、ありがとうございます」
「馬鹿なこと言ってないでさっさと食べるんだね」
山婆は口を引き結んで気難しそうな顔をしたけれど、何も否定はしなかった。
おにぎりは2個ずつで、具は梅干しと昆布。少し硬めに握られたおにぎりは結構な大きさだったのにペロリと平らげてしまった。それを見て、山婆は満足そうに鼻をならして奥に消えた。不思議に思って白さんを見ると、にこにこしてるし。
少しすると山婆が戻ってきて私と白さんの手に何かを置いた。おにぎりだった。
私は顔を白さんの顔をもう一度見た。ポカンとた顔をしていただろう。鏡を見なくてもわかる。白さんはそれを見て声をあげて笑った。その声にはっとして、私は慌てて口を開いた。
「ありがとう、山婆さん!」
「さんはいらないよ!冷めないうちに食べな!」
3個目の具はおかかだった。
また次の日。
茜は鏡を見ていた。
猫又のような動物系の妖怪が発生するのは珍しく、その上存在が安定しているのはとても稀らしい。
もう消える心配はないが、絶対疲れているからと布団に戻された。そのおかげか、体調もすっかり良くなった。
それでふと、自分の手元を見る。
昨日までは体の辛さでそれどころではなかったけれど私の容姿は明らかに生前とは違っていた。少し長い爪に、視界の端で揺れるふわふわとした赤い髪。鏡を覗き込むと、吊り目気味の目が見開かれる。口には小さな牙まであった。この顔なら派手な化粧も難なく似合ってしまうだろう。ようするに、美青年というものであった。良くできた造形だこと。
「どうした、茜」
「自分の顔が、もの珍しくて」
「ははっ、なかなか聞かない言葉だけど、茜の状況だと納得だね」
「慣れるまで口の中切りそうです」
「それは大変だ。美味しいものいっぱい食べて慣れようね」
そう言って、うんうんと満足そうに微笑んだ。白さんの趣味は美味しいお店を見つけることらしい。とても楽しみだ。兄とかいたらこんな感じなんだろうか。
「そうと決まればまずは住むところを決めなければね。山婆に相談して来よう!この辺の顔役もしてるから融通は効くはずだよ」
善は急げと勢いよく一階へ飛んでいく白さんを追いかける。この体は身体能力が高いらしい。ひとっ飛びで追いつけたのはいいが、つんのめって行きそうになるのを慌ててバランスを取った。大丈夫かいと問う声にはいと返事をして振り返る。
山婆が、茜を見て言った。
「茜はしばらくニ階を使いな。なに、住居の当てはいくつかあるから、いいところを見繕っておく。それまでここの二階を使って、駄菓子屋の手伝いをしながら生活に慣れるといい」
「ここは奥に本もいっぱいあるから楽しいよ。住居を選ぶのは僕も手伝うね。いくつか伝手があるんだ」
とんとん拍子に決まった住居に目を白黒させているとずいっと何かが差し出された。
「これは僕からの誕生祝い!」
綺麗に畳まれたそれを広げてみると、着物と帯だった。
「ありがとうございます。でもこんなにお世話になってるのに、着物まで」
「遠慮なくもらって。気になるなら、そうだね、誰かが困ってるとき、茜が手を貸してあげてよ。そのためにも、今は茜が貰う番。それに茜に似合うと思って用意したんだ。今度、着てみせて欲しいな」
「はい。ありがとうございます、白さん」
いただいた着物と帯を抱えて笑うと、白さんはご機嫌でふわふわと私の周りを飛んで、山婆に浮かれすぎだと怒られていた。弟分が出来て浮かれてるのさ。山婆がそう言うものだから。新しく家族が出来たみたいで、それがとても。とても、嬉しかった。




