旅立ち〈side/エルヴェ〉
本当にいいんだろうか。魔族と行動を共にするなんて、普通に考えたら異常だ。
彼女が殺した奴隷商たちの多種族にわたる亡骸の側で、僕は淫魔と快楽を貪り合った。僕の血を飲み込んだときの彼女の姿に、バンパイアの資質を感じた。
底知れぬ能力を持つラズ。彼女は自分自身を中途半端と言ったけれど、僕には違うと感じた。
「うれしいです、エルヴェ様。エルヴェ=フォン=ストラディバリ様。私の理想の、旦那様……」
真っ直ぐな目でそんなことを言われて、浮かれずにいるなんて無理だ。少女と大人が混じる声に、目眩がするほど艶かしい匂い。
淫魔姿のラズ。いや、さっきまでと雰囲気が少し違う。牙が鋭くなっている。バンパイアが混じっているのか。
ちょっと胸が大きくなっている気がする。唇も心なしかぷくっと肉厚に感じる。とにかく妖艶で、目のやり場に困ってしまう。
「どこ見てるんですか?」
「え? あ、あの……えっと」
「いいんですよ? 好きなところを好きなだけご覧下さいませ。うふふ♡」
口調はサキュバスのままだ。いずれにしても、これ以上見つめているのは危険だ。朝がすぐそこまでやって来ているのに、淫らな思いに耽るわけにはいかない。
早くこの場を離れないと——。
「ラズ、お願いがあるんだけど」
「お願い? わあ、うれしいです! 何でもお申し付け下さいませっ」
満面の笑みで子供みたいにうれしそうな声を上げるラズ。素直に可愛いらしくて、反射的に良からぬ妄想がわき出してくる。
だめだ、しっかりしろ僕。
「僕を連れて空を飛べたりする? 森を抜けたところに集落があるはずなんだ。そこに僕の知人がいるから、しばらく匿ってもらおうと思って」
ラズが一瞬おもしろくない顔をしたように思えた。でもすぐに頷いてくれた。けど——。
(あれ? ラズ、ちょっと目が据わってる?)
「じゃ~あ~♡ ……はい!」
腕を広げて、胸に飛び込むように促す。
「え? ちょっと待って。もしかして……それって、抱きつけってこと?」
「もちろんですっ! 背中には翼がありますから背負うわけには参りません」
「いや待って。だからって……」
「うふふ。失礼致します♡」
有無を言わせず僕を抱きかかえ、翼を広げてそのまま空へと飛び立った。慌てて彼女の背中にしがみつく。僕の顔はラズの胸に挟まれて——。
(ヤバい……やわらかい。いい匂いがする)
ラズの牙が元に戻っていた。でも、大きく感じた胸と肉厚に感じた唇はそのままだった。
こんな状態、理性を保つなんてできっこない。サキュバスのラズの体からは常にフェロモンが出ているに違いない。わずかでも気を許せば、心を持っていかれそうになる。
「旦那様、気持ちいいですかぁ?」
「えっ……な、何が?」
「う~ん? 空の旅ですよぉ。……あ~、エッチなこと考えてました?」
ラズのサキュバス状態、かなり危険だ。
(なぜに甘々な口調なんだろ……。ますます変になってない? 僕には刺激が強すぎるって……)
動揺を隠すのに眼下の景色でも楽しもうとしたけれど——高い、高すぎる。森に街、その先に海岸線まで見えている。
「ねぇラズ、もう少し低く飛んでくれない?」
「なぜですかぁ? 高いところの方が何をしてもバレなくていいじゃないですかぁ♡」
(何をするつもりなんだ? まさか空中で淫らなことしようとしてる?)
「いや、あの、朝日も出てきそうだし……ラズは半分バンパイアなんでしょ? 太陽の光って危なくないの?」
何とか高度を下げてほしいから——だけではなくて、素朴な疑問として聞いた。
「大丈夫ですよぉ。私、昼間も活動できちゃうんです」
「えっ、本当? バンパイアって夜しか活動できない印象があるんだけど……」
うふふと笑うラズ。ときどきくるりと回転して、気持ち良さそうに飛んで見せる。
「特殊個体って言ったじゃないですかぁ」
「その特殊個体って、詳しくはどんな特徴があるの?」
「う~んと、血が混ざってるからどっちにも当てはまらない特徴を持っているっていうかぁ……」
しまった。ラズは自身のことを本来ありえない存在って言っていた。ひょっとしたら気にしているかもしれないのに。
「そっかそっか。ごめん、変なこと聞いて」
焦る僕。でもラズは、にこにこしながら強く抱き締めてきた。そして愛おしそうに僕の頭をくんくん嗅ぎ出した。
「でもぉ~、サキュバスだから旦那様の体液で興奮できてぇ~、バンパイアだから旦那様の血で感じやすくなってぇ~」
「待って待って待って! それ以上は何か恥ずかしいから言わないで!」
「ふふふ。旦那様赤くなってかっわいい~♡」
荒くなってくるふたりの息遣い。とろんとするラズの目。
(は! これ……ヤバくないか?)




