私のこと♡
「ちがうのぉ……。私……わたし……。わあああ!」
子供みたいに泣き出して……どうしちゃったの、私。
座り込んで、腕で目を隠して。こんな情けない姿見せたいわけじゃないのに。
(そういえば、最後に泣いたのはいつ? 強くならなきゃって、ずっと泣かずにいられたのに。どうして今日はできないの?)
旦那様が心配そうに手を差し伸べてくれて。
「ごめん、ラズ! 泣かせるつもりなんてないんだ。君を疑って言った訳じゃないんだよ。僕が情けないだけなんだ。いろいろあって、このまま死んでもいいやって思ってしまっていて……」
「やだぁ、死んじゃやだぁ! どこにも行かないで……居なくならないでえ!」
些細な言葉に敏感に反応してしまう。自分でも支離滅裂なのが分かる。失いたくない、絶対に。どんな理由があったとしても。
ぐすぐす泣いて、翼を丸めて、顔を隠して――。でもその翼に旦那様の手が触れたとき、私はぐしゃぐしゃになった顔を上げて、甘えたいって思ってしまった。
はしたない姿を、だらしない姿を、何もかも旦那様には見せたいって、全部を見てほしいって――なぜかそう思ってしまった。
「ひっく…………旦那……さまぁ……」
「ごめん、本当にごめんよ!」
抱き締めてくれる旦那様。強く、ぎゅって、息が苦しくなるくらい。苦しいのが快感になって、体が熱くなって。同時に乱暴に弄ばれたいって、体が貴方を求めてしまう。
満月が照らしてる。湖が映してる。抱き合う私たちを、汗ばむふたりの体を。徐々に服が濡れていく。漏れ出した淫らな心で。
舌を這わせる。旦那様の首筋から胸板へ。
くすぐったいかな、私の舌。旦那様の体、喜んでる。ちゅって吸ったら愛らしい声が、くるくる舌を回すと――。
夢中で汗を絡め取り、こくり、またこくりと飲み込んで。私の体はふわふわと酔ったように揺れていく。頭がぼうっとする。
「……んん」
旦那様に舌を這わせていく。その体についた幾つもの傷痕、さっき殴られたときにつけられた生々しい血の跡。その匂い嗅ぐと、頭の奥が痺れてきて――。
夢中で旦那様の血を舐める。甘く、淫靡な香りが溶け出す。口の中で転がすと、脳まで蕩けそうな豊醇な味わいが広がる。言い知れぬ芳香とその味に、昏倒しそうになる。
私の中のバンパイアが叫ぶ。その血を早く取り込めと。そこに狂うほどの悦びが待っていると。私は迷うことなく飲み込んだ。
「はあああ……だめええ、ああああ!」
「どうしたの、ラズ。大丈夫?」
激しい拍動、焼けるような喉。失われそうになる意識。旦那様の生命が私を満たしていく。細胞ひとつひとつに至るまで敏感になって、異常なまでに期待が高まっていく。
呼吸をするほど上がっていく体温。旦那様に体中を愛撫される妄想が、頭の中で像を結び始める。夢の奥へと意識が沈みこんでいって――。
気がついたら――。
「ラズ、ラズ! 大丈夫? ラズ!」
私は旦那様の腕に抱かれていた。
(私、失神してる? うそ……)
淫魔の姿のまま、人間の腕の中で。汗で冷えた私の体を、旦那様は優しく擦ってくれていた。信じられなかった。
本来ならサキュバス失格の大失態。もちろんバンパイアとても。でも、旦那様を独占できていた事実に、私は悦びを抑えられなかった。
「旦那様!」
「わっ」
飛び付いたら、岩場から落ちてしまった。でも、すぐ下に広がっている緑の絨毯が私たちをやさしく受け止めてくれた。
ふわっと立ちこめる草花の匂い。そこにどこからか金木犀の香りが混じっていた。
色を変え始める空。耳をすませば聞こえてくる旦那様の鼓動。あまりの心地よさに頬がゆるんでいく。
「ラズ……気持ちがいいね」
「……はい」
ささやき合い、見つめ合う。私の肩を撫でる旦那様。その微笑みを目に焼き付ける。
それでもまだ、心の片隅にある不安。確証をほしがる未熟な私。
「あの、旦那様……」
「ん? なんだい?」
「……私のこと、お側に置いていただけますか?」
旦那様はふうっと小さく息を吐き、今度は私の頬を撫でました。目を伏せる私に旦那様が下さったのは、幸せの始まりを告げるお言葉でした。
「僕からもお願いするよ」




