もう、だめ♡
「あああ!」
これまで味わったことのない強烈な快感が全身を駆け巡って――。麻薬のような、いえ、強い媚薬を注ぎ込まれたような、そんな言葉にできない感覚。
ありえない。サキュバスの血を引く私が、人間の意識を支配するどころか、反対に身も心も支配してほしいと願ってしまうなんて。
違う、気づいてるの。私はずっとこうなることを望んでいた。だから奴隷商にわざわざ身を預けた。
私を支配するに相応しい、理想の旦那様を探し出すために――。
暴れ出す、私の中に封印されていた欲望。制御が効かなくなるほどの興奮。
汗の滴る旦那様の首筋に、私は舌を這わせていく。旦那様の吐息が私の項を刺激して――。
(私、変になってる……)
舌で絡め取った汗をこくりと飲み込む。
「ああ……だめ…………」
ほしくてたまらない。生まれて初めて、ちゃんと私の体で、彼がほしくてたまらない。
夢で見せる幻ではなく、意識だけで得る仮初めの快楽でもなく、本物の肉体でしか得られない、生身の快感を。
私の初めてを、この人と――。
「もう、だめ。だめです……」
汗ばんだ体、溢れる涙。それは旦那様も同じでした。お互いに求め合っている――そう感じて、愛しさと切なさが胸を締め付けてくるの。
森を抜ける風に揺れる私の髪。それが自分の肌に触れる度、私は我慢できなくて。
「ああっ……旦那様ぁ。お願いです、どうか私を……ラズを…………抱いてくださいませっ!」
だめ、だめなのに――。
こんな姿、お母様には見せられない。お父様には、絶対に――。
体の中から湧き出してくる肉欲を、私は少しも抑えられない。でも、旦那様は理性をかき集めて、私を制したのです。
「そ……それはダメだよ、ラズ」
「えっ…………。なぜ? なぜですか?」
「僕たちは今日出会ったばかりでしょ? だから……君をそんなふうに扱ったら、さっきの連中と同じになってしまうよ!」
サキュバスの色仕掛けに抵抗できる人間なんて居ない。少なくとも昨日まではそれが世の常識。でも、旦那様がそれを簡単に覆してしまった。
「いいえ、同じじゃありません! 旦那様は私を命をかけて救って下さいました。私はそのお人柄に惹かれたんです」
「それは素直にうれしいけど、でも……」
「私は旦那様のような、特別に聡明な方のお側に居たいんです。でも、淫魔の私が貴方様にできることと言ったら……」
その先を言おうとしたら、急に顔が熱くなってきて。でも、ちゃんと伝えないと――今伝えないと、縁がなくなってしまうかもしれない。
「お願いです、旦那様。私を貴方様のものにして下さい。お役に立ってみせますから」
「何言ってるのラズ、それじゃダメなんだ! 僕は君を自由にしたくて助けたんだよ?」
「これは自分の意思です。私は旦那様のものになりたい。奴隷でも構いません。ですから私を好きに使って下さい」
離したくない、何としても。どんなに恥ずかしいご命令でも、淫魔の私なら遂行できる。きっとお役に立てる。
「どうしてそこまで僕のこと……。何の取り柄もなくて、逃げることしかできなくて、結局さっき僕は君に助けられた。こんな情けない僕のことなんか……」
「情けなくなんてありません! それに取り柄がないなんて嘘です。だって貴方は私の術中に完全には嵌まらなかった。反対に私の方が……」
はっとして、私は平静を取り戻しました。今、とんでもないことを言って――。
恐る恐る旦那様の顔を覗き込むと、底抜けにお優しい微笑みがありました。
「僕は君の非常食くらいには、なれそうかな?」
違う。そんなつもりで言ったんじゃない。私は貴方を餌として扱いたくない。貴方の体液が私を狂わせるの。貴方は特別なの。
「ラズ……僕は君に騙されているとしても、精気を吸われて死んだとしても、君を恨んだりしないよ」
「違います、騙してなんていません! 殺すなんて絶対……」
本当にもう、だめ――。
私、こんな子じゃないのに。弱くなんてないのに。泣き虫なんかじゃ、絶対ないのに。




