おねがい♡〈side/ラズ〉
我慢できない。だって、いい匂いがするの。これまでのどの個体にもない、新鮮で芳醇な香り。
――こんな逸材がこの世にいたなんて!
「ラズ? ……君は何者なの?」
困惑した仔犬みたいな表情。なんて愛らしいの、旦那様。私を助けるときは雄々しくて、今はとても弱々しい。心を揺さぶる、その落差。
「黙っていてごめんなさい。私は淫魔リリスの娘のひとり、その血を継ぐサキュバスなんです」
「……ええ?」
すごく驚いてる。無理もないよね。私が淫魔四女帝の一角として知られるリリスの子だなんて、普通信じられないもん。ああでも、驚いた顔も素敵。
こんなに心惹かれる男性は今までいなかった。まさかそれが人間族だなんて、考えてもみなかったな。
「サキュバスって……男に淫らな夢を見せて、その夢ごと精気を吸い取るっていう、あの?」
「はい。そのサキュバスです。でも私、ハーフなんです」
「えっ、ハーフ?」
旦那様が私に興味を持ってくださっている。うれしいな、すごくうれしい。ああ、だめ。今すぐほしくなってしまう。
「サキュバスのお母様とバンパイアのお父様の間に産まれました。私、特殊個体なんです」
「え、そう……なの? 特殊個体? そんなの……聞いたこともないけど」
「ですよね。本来はありえないんです」
ああ、旦那様の思考が私のことで埋まっていく。もっと、もっと私で満たしてほしい。
いいえ、だめ、だめよ。気をしっかり持たなきゃ。
「旦那様のお言葉通り、私は夢を見せることで糧を得ます。吸血鬼の力も宿していますから、血液から養分を得ることもできます」
「半分はバンパイア……だからってこと?」
私はこくりと頷きました。それにしても旦那様はこんな話を、一切怖がることなく、何の疑いもなく聞いてくださる。
他の人間ではこうはいかないはず。いえ、人間に限らず、どの種族でも。私の話を信じる者なんて誰も居なかった。そう、旦那様だけなの。
「こんな私……だめでしょうか?」
「そんなことない。サキュバスだろうがバンパイアだろうが、ラズはラズでしょ?」
その言葉は――。
ああ、なんて素敵な人。出会ったばかりの私を、得体の知れない存在の私を、何の躊躇いもなく受け入れてくださるなんて。
いけない、感情が溢れ出してしまいそう。
目が熱い。止められない。どうしよう――。
「え、ラズ? どうしたの? ひょっとして僕、君を傷つけるようなことを言ったかい? ごめん、ごめんよラズ」
「違います……。違うんです」
頬を伝う熱い滴。それにすぐ気がついて傍に来てくれる旦那様。手で優しく涙を拭い取ってくれる。なんてお優しい方なの――。
だめ、だめったら私。
「ん……」
私の馬鹿。胸に飛び込んで、そのまま唇を重ねるなんて。たくさんの死体が横たわっている、そのすぐ側で。
でも、旦那様は受け入れてくれた。一度唇を離して、そのお顔を見る。青い瞳が揺れている。私だけを見つめてくれている。
「また、激しくしても……よろしいですか?」
「……ラズがそうしたいなら」
何てこと口走っているの、私。でも旦那様は、躊躇いはしたけれど、はにかんで応えてくれた。
私は貴方の目の前で、男たちの精気を奪って殺した。しかも何人もの男を、同時に。恐ろしく思わないはずがない。
それなのに――。
「でも……。もしも旦那様の命に関わるようなことになってしまったら……」
「それでも構わないさ。君の役に立てるなら、本望だよ」
こんな私のために――淫魔なのか吸血鬼なのかもはっきりしない、中途半端な存在のために。
(どうしてそんなに簡単に命を投げ出すことができるの?)
私を助け出すときも、今も――どうして。
「旦那様!!」
ぶわっと翼が勝手に開く。顔が火照っているのが分かる。気付けば、唇を絡め合って旦那様を求める私がいた。
唾液をわずかに飲み込んだ瞬間――。




