正体
頭目は高らかに笑った。獣人が僕の髪を掴み、引きずりまわす。
「死なない程度に痛めつけろ!」
大男の号令が聞こえる。同時に、僕の体に何発もの拳が撃ち込まれた。どんどん視界がぼやけてくる。
「やめて、お願いやめて! 私は何でもしますから。だから彼を助けて!」
女の子がそんなこと言っちゃだめだ。相手は外道なんだ。君がどんな目に遭うか――僕はきっと耐えられない。
「生意気な口をききおって。おまえ、ついさっきまで小僧と求め合っていたな。情でもわいたというのか?」
「それは……」
「ふん。小僧の分まで貴族様に可愛がってもらえ。その方がもっと気持ち良い思いができるぞ」
それ以上ラズを侮辱するな。蔑まれるべきはおまえ達の方だ。
言ってやりたいけれど、声が出せない。まともに息を吸うこともできず、僕は殴られ続けた。
「もうやめて……」
「おまえ達が悪いんだぞ? 大人しくしていれば良いものを」
頭目は吐き捨てるようにそう言うと、僕に歩み寄り、父の形見の剣を奪い取った。
「これは迷惑料としてもらっておく」
「かえ……せ。それは……」
「おい小僧、よく聞け。弱者は強者に奪われる運命なんだ。金も体も、その命もな」
(くそ! せめて彼女だけでも……)
僕の顔を踏みつけ、すぐさま魔法を発動させた。体の自由が効かなくなる。ふらふらと、操り人形のように歩かされた。
「ラズ……逃げろ。俺のことは……放って……」
逃げても無駄かもしれない。こんな深い森の中では、僕の他に救いの手はないかもしれない。
と、思っていたのだが――――。
「いいえ。逃げたりしませんよ?」
――突然、ラズの口調が変わった。声色が少し大人びて感じる。堂々とした態度に思える。
木々が輪唱するようにざわざわと揺れ動く。湖面は激しく波打ち、一気に霧が立ち込めた。
「何だ? 何事だ?」
狼狽える男たち。次の瞬間、霧が吸い取られるようにラズの体を包んでいった。
そして――。
「おまえ、何者だ!?」
視界が戻ったとき、そこには雰囲気のまるで違う彼女が立っていた。頭には雌牛のようなツノが二本、お尻には黒く長い尻尾がある。
顔にはほんのり化粧が施され、華やかなドレスを身に纏っていた。そのすべてが黒と紫を貴重としていた。
「貴様、まさか……」
頭目が顔をしかめる。もう一方の魔族も険しい表情をしている。
「ずっと気がつかないなんて、本当にお馬鹿さんですね。みなさん、とっくに私の術中ですよ?」
強い色気を漂わせる、艶かしい声だった。聞いているだけで心が蕩けてしまうほどに。
口元には吸血鬼を思わせる二本の牙が見えた。それほど鋭さはなく大きさも小ぶりなせいか、怖さを感じない。むしろ可愛らしく思える。よく見ると耳も尖っていない。それも理由かもしれない。
ラズは両手を広げると同時に、翼を羽ばたかせて見せた。
――何が起こっているんだ?
舌を出し、人差し指と中指を交互に絡ませている。とろけるような目で、唾液を口紅のように唇に塗っている。
その仕草に、僕は釘付けになっていた。僕だけではない。その場の全員が魅了されていた。
「さあ、いっしょに素敵な夢を見ましょう。甘く、甘く、ぞくぞくするような……。私の体が欲しいんでしょう? 私をめちゃくちゃにしたいんでしょう?」
一言一句が心に火をつける。快感が波のように体を伝っていく。一切触れられてもいないのに。
僕は不覚にもラズとの悦楽を妄想してしまっている。だが、男達はさらに尋常でない反応を見せていた。
「ああ……たまらんっ」
「最高だ。おまえは最高の女だ……」
焦点の合わない目。快感に溺れているような、そんな惚けた表情。
「ねえ、気持ちいい? 気持ちいいんでしょ? だってほら、私の中で果ててしまいたいって、今思っているじゃない」
――これは夢か? 夢なのか?
ぼんやりとした意識の中、脳裏には裸で体を重ね合う僕とラズの姿が浮かんでいる。熱く唇を絡め合ったときより、もっとずっと淫らな快感が僕の心と体を支配している。
――夢だ。これは夢だ!
「いいよ、みんな。私にみんなのすべてをちょうだい♡ 我慢しなくていいの。ほら、ほら♡」
ラズの淫靡な声がこだまする。耳を塞いでも聞こえてくる。脳が快楽に操られているみたいだ。
「ああ!」
魔族も人間も等しく声を上げた。と同時に、それぞれの体から薄紅色に染まった靄のようなものが吹き出した。それはラズへと集まっていった。
「うふふ、みんな素敵♡ わあ、こんなにたくさん。ありがとう、いただきます♡」
口を開け、靄を吸い込む。男たちが次々と倒れていく。魔族も例外ではない。地に伏せ、痙攣し、目を開けたまま絶命した。
(これは一体……)
ラズは指先を一本ずつぺろぺろと舐めていく。丁寧に、愛おしそうに、手についた蜂蜜でも舐め取るかのように。
「まあまあ……かな」
すべてをしゃぶり尽くすと、ラズは少し不満げに言った。そして僕へと視線を向ける。
「ねえ、旦那様……もっとほしいです」




