解明〈side/メルドナ〉
小瓶の中身は明らかに危険物だった。ただの液体ではない。ましてや、たかが人間のオスの体液とも思えない。
木箱から取り出して遮断が解かれた瞬間、小瓶を抜けて催淫作用が襲ってくる。特殊な防護服をもってしても防ぎ切れない。
「なんて体液だ。こりゃあここに来て正解だったねえ」
こんな物を自宅で不用意に取り出そうものなら私は乱れ死んでいたかもしれない。老齢の私を滾らせるなど、とんでもない媚薬があったものだ。
早速どんな種類の毒か調べていく。毒を含めてあらゆる判別が可能な王立ロゼリア研究所の、余りある設備を惜しげもなくつぎ込む。
「神経毒の反応、ありません」
「呪いの反応、ありません」
慎重に調査を進めるも、毒性は一切認められなかった。研究員たちは一様に首を傾げる。
と、そこへ――。
「メルドナ様、微弱な魔力が認められます」
「そうか。どれどれ……」
魔力計測器の指針を確認すると、部下の言う通り、極めて微弱ながら魔力の反応が見られた。
「よく見つけたねえ。見逃しても不思議じゃない程度だが、確かに魔力を帯びている」
人間でも稀に魔力を持つ者はいるが、体液に魔力が宿っているというのは前例がない。しかもあまりに微弱ゆえ、サキュバスを狂わすほどの力があるとも思えない。
「他に条件が加わると魔力量が変化する例はある。光、振動、圧力といろいろ試してみるとしよう」
研究員たちとそれぞれ別々の条件で調査をしたが、どれも空振りに終わった。かつての研究員時代から思い返しても、こんなことは初めてだ。
「メルドナ様、いかがいたしましょう?」
「弱ったねえ。このままじゃ解毒剤を作るのも無理な話だ」
致し方ない、最後の手段だ。薬品棚から鎮静薬のアンプルをひとつ取り出し、部下に手渡す。
「これから私が実験台になる。私に異変が起こったら、体を取り押さえてそれを注射してくれんか?」
「ま、待ってください、危険過ぎます!」
「心配はいらんよ。少しだけ取り出して試すだけさ。頼んだよ」
私は引き留められる前にさっさと試験室に入った。ベッドに座り、側にある丸テーブルに小瓶を置いた。すぐに栓を抜き、平皿へ少量垂らす。
「やはり効果は強いな。さて、どれほど我慢が効くか」
そのまま数回深呼吸した。だが、それ以上催淫効果が高まることはなかった。そこで少しだけ指先に付けてみたが、状況は変わらなかった。
(リリス様でさえ狂わせたというのに、これはどういうことだ? 鮮度か、もしくは他に何か条件があるのか?)
一時間ほどして、小皿に出した体液を別の小瓶に封じ、試験室を出た。
「特に何も起こらんね」
場にいた4人の研究員は私だけに試させるのをよしとせず、次々名乗りをあげ、交代で同じ実験を試みた。しかし、結果は同じだった。
気づけば夜になっていた――。
「今日はこのへんにしよう。リリス様には私から報告しておく」
研究員を全員帰したが、私はまだ帰宅する気にならなかった。ひとつ引っ掛かることがあったからだ。
――私はある部屋を訪れた。
扉をノックすると、ラズが出てきた。
「メルドナ? どうかしたの?」
「ああ、ちょっと時間をもらおうと思ってね。今大丈夫かい?」
「うん。入って!」
ラズは元気に迎え入れてくれた。エルヴェ殿と挨拶を交わすと、ラズは私のことを彼に話してくれた。
「お寛ぎのところすまないね。ぜひふたりと試したいことがあってお邪魔したんだが、構わないかい?」
「ええ、大丈夫ですよ」
エルヴェ殿は快諾してくれた。私は例の小瓶を取り出し、単刀直入に願い出た。
「ここで栓を抜いて、しばらく様子を見させてもらいたい。私とは世間話をする程度でいい」
ふたりは顔を見合わせた。あまりに些細なお願いで拍子抜けしているのかもしれない。
「その……僕のをこんな風に扱われるのは、何だか照れくさいです」
「変なことを頼んですまない。これも研究の一環でね。少しだけ辛抱してもらえるかい?」
答えた、そのとき――。
突然頭がくらくらし始めた。全身から汗が噴き出す。動悸もひどい。研究所の時とは比較にならない猛烈な催淫作用だ。
「こ……これは……」
異変は私だけではない。ラズもおかしくなっている。床に跪き、女豹のポーズでエルヴェ殿に懇願し始めた。
「旦那様ぁ~♡ ラズにえっちな命令をしてください♡」
このままではまずい。私は叫んだ。
「ラズ、気をしっかり持て!」
「あの……メルドナさん、大丈夫ですか?」
彼の呼びかけに全身がびくっと反応する。強烈な快感が身体中を駆け巡った。それは波のように、震えが走っていくような感覚だった。
――声だ。
彼に何かあるのでは、と思っていた。彼の声に共鳴して、体液に含まれる微弱な魔力が弾けるように増幅した。
「エルヴェ殿、しばらく声を出さないでくれ」
発動条件は彼自身の声だったのだ。どおりで研究所で解明できないわけだ。
原因を突き止められたのはよかったが――。
「くっ……熱い」
不覚にも体が濡れ始めている。服が擦れるだけで声が出そうになる。年甲斐もなく、ほしくなる。
「メルドナ、気持ちよくなろ♡」
ラズの甘い声が意識を混濁させる。返事をしようにも声を出せそうにない。
本当にまずい――せめて逃げなければ。




