異物〈side/リリス〉
軽率だったかもしれない。たかが人間の男――その認識が間違いの始まり。
私も娘には甘いんだな。これじゃヴィンセントのことをとやかく言えない。夫婦そろって娘のこととなると寛容になってしまって。
加えて、娘が選んだ相手なら本当は祝福すべきところなのに、サキュバスの血は困ったもので私が彼を欲しくなってしまった。今だって、せめて娘と共有できないか考えてしまっている。
「ごめんねエル君。あなたの体液を見過ごすことはできないの。調べさせてもらうわね」
「構いませんよ。僕も皆さんにご迷惑をおかけしたくないですし」
エル君にお礼を言って、朝一番に小瓶を持ってメルドナの元へ急ぐ。
魅了の術で男共に淫らな夢を見させて、生きのいい個体相手なら生身の体で快感を得る。存分に楽しんだら精気を奪って殺す。そんなことはサキュバスの常識を通り越して世の摂理のようなものだった。
ましてや人間の男なら何か問題が起こっても容易に対処できる。その慢心がエルヴェ=フォン=ストラディバリという異物の侵入を許した。下手をしたら娘が責任を問われかねないのに。
(だめな母親ね……私)
それどころか私たちは彼の来訪を喜んでさえいた。好奇心が招いた失態と言うべきところを、快楽の新時代への幕開けと期待を膨らませて。
(封印しても催淫作用が働くなんて……スゴイわ♡)
ラズちゃんの旦那様――エル君の体液を詰めた小瓶。そこから漏れ出す強い催淫作用。強酸の物質でも呪物でも、何でも完璧に封じることのできる特殊な小瓶のはずなのに。
仕方なく小瓶そのものに遮断の魔法を施して、催淫作用を完全に防ぐ。メルドナの元へ向かうのを思い直し、今回ばかりは研究所へ直行することにした。物が物だから。
近くまで行くと、出迎えがひとり飛んできた。
「リリス様」
「あらメルドナ、ちょうど良かったわ」
何かと多忙な彼女が治療院を離れているとは珍しい。いや、いかにも彼女らしい。
「ひょっとして、もうお察しかしら?」
「ええ。……失礼ながら、魔力振で容易に想像ができますよ」
「参ったわね。なんか久々に燃えちゃったのよねえ~」
「それも伝わっておりましたよ。他の者へは彼に近づかぬよう指示を出すのがよろしいでしょう。リリン様方には特にご注意を」
「そうよねえ。ウチの子たちは性への好奇心が際立って旺盛だから」
メルドナは遮断の魔法を施した研究用の木箱を取り出した。
「小瓶は我々がお預かりいたします。後のことはお任せいただき、リリス様はリリン様方のところへお急ぎください」
「そうね、そうさせてもらうわ」
間に合えばよいけれど。純粋に私から生まれた純血サキュバスのリリンたちだから、もうエル君に接触していても不思議じゃないし。
我が家に戻ると、ヴィンセントはエル君の解毒の準備の最中だった。体に残るイザベルの唾液を抜くのは容易じゃない。
食事が効果的だと言って夫が率先して動いてくれている。頼りになる男、惚れ直しちゃいそう。エル君とのこと、怒ってなければいいけど。
さっそく私の娘たち――リリンたちを呼ぶ。
「ディジー、ミューズ、リジー、居ないの?」
「おかえりなさ~い、お母様ぁ。あのぉ~、ディジーお姉様とぉリジちゃんわぁ~、出掛けましたよぉ」
遅かった。残っているのはミューズだけ。淫魔としての能力は高いけれど、しゃべりはやたらとおっとりしていて、行動はとにかくゆったりな二女。
まあ、そこが気に入っているのだけど。
「そっか。まあ、行き先は分かってるけどね」
「ラズちゃんのぉ~、愛しのぉ~旦那様のとこですかぁ~?」
「そうよ。ミューちゃんは行っちゃダメよ」
「えぇ~? ……はぁ~い」
しゅんとした顔で答えている。普段は私の言うことを守ってくれる良い子だけど、えっちなこととなると言い付けなんてまず守らない。
(まったく、誰に似たんだか。……私なんだけどね)
どのみちサキュバスは全員エル君に会いに行ってしまう。そして魅了を試みる。結果は目に見えている。
今さらエル君という異物を取り除こうなんて、サキュバスがやるわけない。すでに手遅れなのよ。彼がもしサキュバス全員を奴隷にすると言い出したら、ほんの数日で陥落しかねない。
私も例外じゃない。
ラズちゃんとさせられた親子同時の責め。あんなに興奮したことなんて今までにない。もちろんエル君の毒のせいではあるけど、夫にだってあんなに感じたことない。何だか悔しい――。
(でも、もしエル君の毒を使って夫としたらどうなるの? ああ、試してみたい)
淫魔代表の地位まで上りつめても、私の中身は変わってない。渡した小瓶以外に、こっそり別の小瓶を2本忍ばせておいた。そしてリビングに直筆の置き手紙を残す。夫にしか見えない術をかけて。
『帰ってきたら寝室に来て。待ってるわ♡』
朝風呂に入って、ベッドに潜り込む。あの人の好きな黒のランジェリー、生命を意識させるペイズリー柄の。初めて貴方を受け入れた夜と全く同じ格好をして。違っているのは朝だということ。夜まで抱いてほしいって、いっぱい甘えたい気分なの。
私、もう濡れてきてる。待っているのも、前戯のうち。




