公認
僕の答えにヴィンセントさんは満足したのか、ワインをひと口含んで舌で転がし始めた。同時に張り詰めた空気がさっと引いていくのを感じた。
給仕がデザートを運んできた。
「濃厚ミルフィーユでございます。魔毒抜きの特別コースはこちらで以上となります」
「魔毒抜き?」
「はい。バンパイアの魔毒を排出するためのお食事となっております」
今さらながら食事に招かれた理由が分かった。傷口は塞がって特に痛みも感じないから、気にも留めていなかった。
「イザベルに傷口を舐められただろう? 少量とはいえ唾液が体内に入り込んでいた。その毒抜きを兼ねた食事になっている」
「そうだったんですね。お気遣いいただき、ありがとうございます」
「して、エルヴェ殿。毒抜きは問題ないが、傷の予後はまだ保証できん。今しばらく娘とふたりでこの街に留まっていただきたい」
この配慮はありがたかった。連日何者かに襲撃されて、対処に悩んでいたから。
「お言葉に甘えさせていただきます」
「歓迎する。……で、だな」
ヴィンセントさんは咳払いをして給仕達を退出させた。呼吸が聞こえて来そうなくらい、場が静まり返った。
「何でしょうか?」
「……ここは多くのサキュバスが住む街だ。君は様々な洗礼を受けることになる。まあ、用心してくれたまえ」
頬がかすかに赤くなっているように見えた。昨日のリリスさんのこともある。サキュバスが多いということは――。僕は察した。
「ふたりは婚約者だと伝えて回っても、彼女たちにはそんなことお構い無しなのだ」
――食事を終え、ラズと部屋に戻った。
ラズと並んでソファに座る。寝転ぶように背をあずけて、しばらく安静にしていた。
どのくらい経っただろう。ラズが僕の体に寄りかかって、すやすやとし始めた。つい胸に視線がいってしまった。ラズの胸――またまた大きくなっている気がする。
「うっ……ううん…………だんなしゃまぁ♡」
どんな夢をみているんだろう。
幼子みたいに甘える声。ラズがいくつも年下の妹みたいに思える。僕には兄弟姉妹がいなかったからか、余計に愛おしく思えた。
僕らの仲はロゼリア=ノクスで公認となる、と去り際にヴィンセントさんが言っていた。ラズはほっとしたような顔をしていた。
それはいいのだけれど――。
寝惚けているのか、ラズが僕の体に頬擦りを始めた。顔に、首に、胸へと。そしてキスをし始めた。胸のあちらこちらに、お腹に、その先に。
「ラズ……ちょっと…………」
「ごほうし……いたしましゅう♡」
「だめ……だめだよ」
寝惚けているラズを止められない。きっと疲れているはず。起こす気にはなれないし。
唇はどんどん下へ、膝まで。そこで止まると、僕の膝枕で眠りについた。
そこへさらに――。
窓の外に何者かの気配。わざと僕に気づかれるように、姿を全く隠すことなく現れた。窓を開け、何の躊躇もなく部屋に入ってきた。
パーマのかかった長い金髪、主張の強い大きな胸。エナメル質の服は面積の少ない水着のよう。
「どなたですか?」
「あたしはラズの姉、ディジー。あなたが人間族のエルヴェ様?」
顔を傾け、髪を掻きあげる。人間だと20代中盤くらい、華のある整った顔をしていた。
「そう……ですけど」
嫌な予感しかしない。ラズがいても意にも介さずどんどん近づいてきた。ついに側まで来ると、怪しく笑いかけた。
「あなた、とってもいい匂いがするわ。そそる匂い。それに、とっても可愛い顔をしてるのね。あたし気に入っちゃったわ」
圧倒的な色気だ。唇はぷくっとしていて触り心地が良さそうで、小麦色の肌はシルクのような純白のラズとは違う輝きを放っていた。
「ねえ、あたしと遊ばない? 妹より深い快感で満足させてあげるから♡」
「いえ、結構です。僕にはラズが――」
青い瞳が桃色に変化した。瞬時に周りの空気が一変する。しまった、これは魅了の術か。
「妹には見て興奮してもらいましょう♡ 起きたら交ざりたくなっちゃうくらい、淫らなプレイで楽しまない?」
瞳の色が濃くなる。と、そこへもうひとつの影が。ふわっと羽ばたき、側に着地した。
「ディジー姉さんずるい。私もまぜて」
淡々とした口調だけれど、ラズに近い幼い声のサキュバスだった。おさげの黒髪は素朴に見えて、漂う香りはまるで薔薇のように華やかだ。
「あら、リジーもまざりたいの?」
「うん」
「じゃあいっしょに誘惑しましょ♡」
「うん」
据わっている目は赤紫に輝き、瞳が渦を巻くように動いて見えた。僕は目が離せなくなった。吸い込まれるような瞳、これも魅了の術だ。
「リジーはね、体液が美味しいって言われるの。ねえエルヴェ様、ぜひ試してみて♡」
口調はそれほど変わらないのに、言葉の端々にある小さな抑揚が独特の色気を醸し出している。はだけさせた胸はラズと似ていた。
まずい――術に落ちかけてるのか?




