帰郷〈side/ラズ〉
◆
――気がついたら、私はお父様の腕の中。
身体中が痛い。力が入らない。声さえ出せそうにない。虚ろな目でお父様の顔を見上げた。
「大丈夫かラズ。もう少しの辛抱だ」
低音の声が耳をじんじんと熱くする。私の大好きな声、聞くだけで安心する。お父様の腕、青白くて細いけれど力強くて頼もしい。
しっかり抱かれた私の体、バンパイアの姿を保ててない。
ふと目線を移すと、懐かしい風景が広がっていた。90年ぶりに見る私の故郷。街並みがほんの少し変わっている。しばらく帰らないつもりでいた、サキュバスの住む街ロゼリア=ノクス。
私は治療院へと運ばれた。幼い頃から何度も足を運んだ場所。今回は、本当に久しぶり。
「メルドナ、娘を頼む」
「翼の損傷がひどいね。そこのベッドにうつ伏せに寝かせとくれ」
束ねられた三つ編みの髪が、頭の後ろから馬の尻尾のようにくるりと胸元に伸びている。深緑の髪色が彼女の賢さの象徴のよう。
院長を務める彼女は治療魔術の権威。サキュバスでは珍しい治療に特化した特殊個体のひとり。私にとってはおばあさまみたいな人。怪我の治療だけじゃなく、たくさん相談にのってくれた人だから。
メルドナはかがんで私と目線を合わせる。
「ラズや、久しぶりだねえ。こんなにぼろぼろになって……。痛むかい?」
私は小さく頷いた。メルドナはふんわりと表情をゆるませ、「心配いらないよ」と頭を撫でてくれた。情けなくて泣きそうになった。この場所に来ると、私は子供に戻ってしまう気がした。
「ヴィンセント、さすがの私でも完治には時間を要する。しばらく通院してもらうよ」
「承知した」
「何だい、うれしそうな顔して」
お父様の微妙な表情の変化をメルドナは見逃さなかった。お父様は照れ笑いをしている。それを見てメルドナは高笑い。ふたりの様子を眺めていると、何だかすごくほっとする。
「早速診察を始める。服を脱がせるからあんたは出てってくれ」
「娘の怪我が心配だ。私も見届けよう」
「おまえさん、立派な女になった実の娘の裸をじろじろ見ようってのかい? リリス様の極上の美貌を独占しておいて、娘の体にまで興味を示すのか?」
「そんなんじゃない! 誤解だ!」
「いいから早く出てってくれ。さっさと治療に入りたいんだ。おまえさんは家で待機していてくれ」
メルドナはお父様を退出させた。私の裸を見せられない、というのは口実だと思った。メルドナはいつだって私の心を見ていてくれるから。
「さてラズや、イザベルにいじめられたと聞いたよ。すぐ手当てをするから、後で話を聞かせておくれ。可哀想になあ」
甘えていいんだよ、というサインを出してくれてる。いつでも私の味方でいてくれる。完全に体の力が抜けた。
薬草や薬品、魔道具が所狭しと置かれている。ここはメルドナの治療院兼自宅。小さい頃から私の駆け込み寺のような、ロゼリア=ノクスでも数少ない私の安心できる場所。
手際よく私の服を剥いで、てきぱきと傷の状態を把握していく。
「うん、大丈夫だ。これなら綺麗に治る。それにしても変わった毒気を帯びてるわね」
私がこくりと頷くと――。
「あら、そんな笑い方もするんだねえ。随分幸せそうじゃないか」
「……うん」
旦那様を想うと私の体はすぐに熱を帯びる。体内に残っている毒が共鳴するみたいに私を淫らな気分にさせる。
「おやおや、これはおまえさんの想い人のものだね」
「想い人? ……ううん、私の旦那様のなの♡」
「旦那様とな? 想い人とどう違うんだい?」
「私は旦那様の使い魔、いえ、奴隷なの♡」
メルドナはきょとんとする。けれどすぐさまふわりと微笑み、腕を組みながらうんうんとふたつ頷いた。
「なるほど、愛の奴隷というやつかな。おまえさんもやるもんだねえ。こんなに可愛いんだ、旦那様もさぞ満足していることだろう」
その言葉を、私は素直に喜べなかった。メルドナはその雰囲気を見逃さなかった。
「気にしているのかい? おまえさんが怪我をさせた、そう思っているね」
「うん……」
「話は聞いたがね、今回のことはイザベルが悪い。つまらんプライドにこだわりおって、奇襲なんぞかけるとは浅はか極まりない」
「でも……」
「今は自分の心配が先だ。さあ、目を閉じて楽にしていなさい」
言うなりメルドナは治療魔法を発動させる。私の体がぼんやりと発光する。発動も早ければ効果が出るのも早い。体の傷はほとんど目立たなくなり、翼もほぼ元通りになった。けれど、毒気だけはそのまま残っていた。
「傷口が開くといけない。明日までは安静にな。翼は動かすとまだ痛むはずだ。飛ぶのは私が良いと言うまで禁止だ。いいね?」
「……ありがとう、メルドナ」
「病室に案内するよ。さあ、服を着て」
「うん」
治療室を出ようとしたそのとき、私は血の気が引くほどの魔力震を感じた。メルドナも当然感じ取っていた。
「おや? この魔力震は……」
「……お母様!?」




