最強の誘惑
脳内で映像化される布団の中のラズ。そのときの様子が五感すべてで甦ってきた。
とても口にできない、過激なこと――。
「忠告しておいたのに、あの子ったら♡」
目を閉じ、うっとりとした表情を見せている。僕はリリスさんの様子をじっと眺めていた。それが間違いだった。
再び深いアメジストの瞳が開かれたとき、僕はリリスさんから目を離せなくなった。
「エル君、私も確かめていいかしら?」
無抵抗で僕は首を縦に振った。
「そうよね、断れないわよね。だって、私の術から逃れられた人間なんて居ないもの」
ベッドの縁に座らされた僕。リリスさんは目の前の床に跪き、僕の残りの服を脱がし始めた。
やめてもらいたいのに――いや、してほしい。これは僕が望んだことなんだ――いや、そうだったかな。頭がぼうっとしている。
僕はすべて脱がされた。体が熱い。上目遣いで微笑むリリスさんを、僕は愛しいと思っている。――待って、違う。違うのか? 分からない。
「はああ♡ すっごく素敵よ、エル君。よくしてあげるわね♡」
強烈にリリスさんに惹かれている。この後にどんな快楽が待っているのか、想像するだけで心が躍る。体が求めている。だけど、頭の中にちらついている女の子の切なげな表情が、僕の心を揺らし続けていた。
「ラズ……だめだよ、ラズ…………」
誰を呼んだんだろう。なぜ涙が出てくるんだろう。悲しいのか、寂しいのか、それ以外の理由なのか、感情がよく分からない。思考がぐるぐると、どこにも定まらない。
「ちょっとエル君? 私はリリスよ♡ ほうら、いい匂いがするでしょう?」
大きな胸がすぐ目の前に。本当にいい匂いがする。胸だけじゃない。息も、髪も、汗も、鼻腔だけでなく直接脳を刺激してくるような匂い。吸う度に高まる期待と興奮。
――でも、違う。何か、違う。
「ラズ……」
「んもう、何よ! どうしてあの子の名前が出てくるの? 魅了をかけてるのに、私じゃなくてラズちゃんがいいって言うの?」
リリスさんが苛立っている。立ち上がって腕を組み、不満そうに口を歪めている。
髪の色、ラズといっしょだ。さらさらの髪質も、シルクのような肌も。目の色は少し濃いんだよね。怒っている顔も素敵だな。ああ、リリスさんすごくエッチな匂いだ。ずっと嗅いでいたいな、もっと近くで。
「ごめんねエル君。魅了の強さを最大にするわよ♡」
言うと同時に、リリスさんは全裸になった。僕をベッドに押し倒して、跨る。腰を突き出してその裸体を見せつけてくる。僕の理想を余すことなく具現化するように、全てのパーツが心を捉える。
「エル君、えっちしよっか♡」
「はい……」
「何からしてほしい?」
「……キス」
髪をかき上げ、うっとりと僕を見つめる。瞳を僕の唇へと落として、ゆっくり顔を近づけた。程よく湿った弾力のある唇が、僕の神経を一瞬で集中させる。
重なる唇が作り出す微かな音。脳が痺れるような快感に酔いしれる。この感じ、最近どこかで経験したような――。
誰かに似てるんだ。誰だっけ。
「するのとされるの、どっちが好き?」
「……されたい」
「そっか♡ じゃあ、いっぱい気持ちよくしてあげる♡ うふふ♡」
朦朧とする意識の中で、僕の心は何か違うと訴えている。言葉、仕草、匂い――やっぱり違う。違うんだ、ほしい人は。
――君じゃなきゃ、だめなんだ。
「ラズ……どこ?」
「どうして私の力に抗えるのよ。ありえない!」
リリスさんの魅力は本物だ。ラズに出会ってなかったら、きっと秒で落とされていたに違いない。
本気で怒っている。気を悪くしたかな、傷つけてしまったかな。でもリリスさん、もっと怒らせたくない子がいるんです。
「私の見せる夢はとびきり刺激的なのよ? ちょっとくらい、いいじゃない! 究極の快楽を求めてわざわざ私に命を捧げにくる人間だっているのよ? それを露骨にエル君は拒否したりして!」
「ごめんなさい……」
「あなたの体液がどれほど危険か調べるためにしてるのよ? 命を取ろうっていうんじゃないんだから、何もそんなに嫌がらなくたって……。これでも私、最強の淫魔って呼ばれてるのよ!」
「すみません……」
なぜだろう。怒られてうれしいって思っている。そう言えば、もう長いこと僕は誰かに本気で怒ってもらっていない。――そうだ。寂しかったのかもしれない。
ふと自分の体に目をやると、傷口が綺麗に塞がっていた。痛みも全く感じない。リリスさんが治してくれたのかな。後でお礼を言わないと。
「もういいわよ。後で愛しのラズちゃんに採取してもらえば?」
「……そうします」
「そうします? はあ~、よくも言えたもんよね。屈辱だわ。エル君なんて、もう知らない!」
拗ねている。淫魔四女帝のひとり、サキュバスの代表格であるリリスさんが。
ふてくされて乱雑に服を着ると、腰に手を当てて歩き出した。振り向きもせずに「じゃあね」と言って部屋を出ようとした。そのとき――。
「お母様! どういうこと!?」
勢いよく窓が開かれた。窓際に立っていたのは、ひどく不機嫌そうな――ラズだった。姿がサキュバスに戻っている。リリスさんはラズに背を向けたまま言った。
「来ちゃったのね……」




