触診
「じゃあエル君、おいで♡」
「え?」
リリスさんは腕を広げ、僕に胸へ飛び込むよう誘ってきた。ヴィンセントさんは当然文句を言ったのだが――。
「なあに? あなた、まさか妬いてるの?」
「違う!」
「娘を抱いて飛べるのに、嬉しくないの?」
「それは……うれしい」
照れくさそうなヴィンセントさんを見て、僕まで恥ずかしく思えてきた。
このふたりの会話、間違いなく魔族同士のものだけれど――ラズとリリスさんのときと同じで、人間とそう変わらないなと妙に親近感が沸いた。
僕はリリスさんに抱き締められ、予想通り顔を胸に挟まれ、正気を保つのに苦労した。傷の痛みを感じずにいられたのは助かったけれど。
しばらく飛んでいくと、空間の歪みのような場所を通過した。直後、眼下に街の灯りが見えた。街の中央に黒塗りの立派な城がある。魔王城というものだろうか。
「ここが魔界……ですか?」
「そうよ。正しくは魔界の一部。ひょっとして人間のイメージと違ってたりする?」
「お城は想像通りですけど、街並みは人間の都市とあまり変わらないですね」
「でしょう? ここロゼリア=ノクスは特にそうかもしれないわ」
「なぜですか?」
リリスさんが怪しげに微笑む。
「主にサキュバスが住んでいるからよ。つまり、人間を餌にする魔族が、人間の感覚に合わせて建てた都市ってこと」
それが本当なら、鴨が葱を背負ってやって来たようなものだ。
「あっ、でも心配しないでね。あなたは猛毒持ちの特殊個体だし、話も通してあるから」
だからと言って安心材料ともいえない。しかも住人がサキュバスだらけだとしたら、僕は常に狙われる身になってしまうのでは――。
「着くわよ」
リリスさんが急降下を始めた。並ぶように、ラズを抱えたヴィンセントさんも続いた。
ぐんぐん近づいてくるロゼリア=ノクスの街並み。煉瓦や石に木を組み合わせた家屋が多く、街灯や商店のつくりも人間のものとよく似ていた。
途中、僕とラズは引き離された。
「あの……どこに行くんですか?」
「あら、言ってなかったわね。ラズちゃんはともかく、人間のエル君を治療するには専門家の力が必要なの」
「はあ……。そうなんですか」
「うふふ、大丈夫よ。治療が済めばすぐに会えるから」
僕はその言葉に安堵した。でもそれは数分後、別のかたちで裏切られることに――。
連れられた部屋には、黒曜石のテーブルに赤いソファの他に、黒とピンクを基調にした大きなベッドがひとつあった。
リリスさんは宿泊客用の寝室だと言っていたけれど、それにしては妙に色気のある部屋に感じる。
「傷の具合を見たいから、上だけ服を脱いでベッドに座ってもらえる?」
言われるままに僕は上半身をさらけ出し、ベッドの端に座った。するとリリスさんは背後から突然抱きついてきた。
「え、え? ちょっと……」
「動かないで、そのままよ♡ 触診を始めるから楽にしていて♡」
艶かしい声、背中にあたる豊かな膨らみ。まるでマシュマロのような柔らかさに、背中の傷の痛みは感じられなくなった。
リリスさんは背後から手をまわし、僕のお腹や胸をなぞるように撫でていった。触診というよりこれはマッサージだ。
「あの、リリスさん?」
「なあに? ひょっとして気持ちいい?」
言いながら後ろからひょこっと顔を覗かせた。おどけた表情はラズにそっくりだった。親子なんだなと、この時はっきり認識した。
キリッとした眉や少し低めの声は、ラズのものとは違って大人の女性の色気を放っていた。ラズはふんわり垂れ眉で、声は幼く甘い感じで――。
ラズ、大丈夫かな――。
「エル君、今度は前を見せてね♡」
「え、あの、何を?」
リリスさんはあろうことか僕の胸の傷を舐め始めた。下から上へじっとりと。僕の顔の前まで来ると舌なめずりして見せて。
体がぞくぞくと反応する。じんじんと痛む傷口を柔らかな感触が包んでいく。わずかに滲んだ血を啜り、リリスさんが恍惚の表情で嚥下する。
「ああっ♡ スゴいわ、エル君。私でさえ気がおかしくなりそうなお味ね♡」
「わっ、もしかして飲んだんですか?」
「ええ。……これは確かに毒ね。ラズちゃん、よく平気だったわよ。他の淫魔じゃ命に関わるレベルの媚薬だわ」
リリスさんは頬を火照らせてはいるけれど、ラズと比べるとずいぶん冷静だ。さすがは淫魔四女帝のひとり。毒への耐性も高いのだろう。
僕が感心していると、リリスさんからとんでもない指摘が飛んできた。
「でも、血液じゃなくて、もっとこう刺激的なものをラズちゃんは摂取しちゃったりしてない?」




