仲裁
ラズは渦をさらに大きく成長させる。しかも、片手だけで。
「何なんだお前は!」
イザベルが怒声とともに漆黒の渦を放とうとした、そのとき――。
「待たれよ!」
上空から声が。すかさずラズとイザベルの間に降下した。目を凝らすと、立っていたのは尖った耳を持つ長身の男。彼もまた、バンパイアだった。
その姿を確認するや、はっとしたようにふたりは攻撃を停止した。
「……貴様は」
「久しいなイザベル。元気そうで何よりだ」
仲裁に入ったバンパイアは穏やか口調で声をかけた。緊張の糸が切れ、場が鎮まっていく。
「うそ…………。お父様?」
「うむ。久しぶりだな」
口元を緩ませて答えた。男の僕でも聞き惚れてしまうほど、低音で心地のよい声だ。
眉と目がつり上がっていても、口元はやんわりと落ち着いている。顔色もバンパイアにしては青みが少なく、色白だ。整った顔立ちに体つきから品の良さが漂っていた。
この人がラズのお父さん――。
「してイザベル、いつまで裸を見せつけているつもりだ?」
イザベルは彼を睨みつけ、ぴくりとも表情変えずに部下から服を受け取って身につけた。
「なぜ止めた、ヴィンセント」
「当たり前だろう。我が娘の危機とあらば、駆けつけるのは当然というものだ」
ふんと鼻を鳴らすイザベル。襟を正して、面白くないとばかりに腰に手を当て踵を返す。
「この場は引くわ。でも次はないわよ。邪魔をする者は徹底的に排除しますからね」
そう言い放つと、翼を広げてさっさと飛び去ってしまった。
ラズのお父さんは――ヴィンセントと呼ばれたバンパイアは――イザベルを見送ると、ラズの元へと近づいて頭を撫でながら言った。
「ラズ、お前のバンパイア姿を見るのはいつぶりだ? また一段と美しくなったな」
「お父様……」
気が抜けたのか、ラズはその場で崩れ落ちた。父親がしっかりと彼女を抱き上げる。
「ラズ、大丈夫? ラズ!」
僕は思わず声を上げた。僕が引き起こした事態なのに、厚かましくも、そうすることしかできなかった。
「案ずるな少年。気絶しているだけだ」
「本当ですか? ……なら、良かったです。でも、僕のせいでこんな大怪我を……」
「気にすることはない。魔族の回復は早い」
「でも……」
うつむく僕に、腕に抱かれて眠るラズの寝顔を見せて言った。
「少し笑っているように見えないか? いかにもやりきったという満足そうな寝顔だ」
恐る恐る顔を上げる。言われると確かに、ラズの口角が緩んで見えた。けれど翼は今にも千切れそうで、足は刺し傷と裂傷でひどく痛々しかった。
(こんなぼろぼろになるまで、必死で僕を助けようとして……)
涙が出てきた。眠っているラズに何と声をかけたらいいか分からなかった。そんな様子の僕に優しく言葉をかけてくれた。
「まあ、そう自分を責めるな。今回のことは魔族同士の小競り合いだ。君は利用されたに過ぎない。災難だったな」
「災難だなんて……。僕は彼女に守られてばかりで、本当に自分が情けないです」
力なく項垂れたのと同時に、聞いたことのある声が空から降り注いだ。
「あなた! ふたりは無事?」
リリスさんだった。1日のうちに2度も会うことになるとは思わなかった。
「ちょっと、怪我してるじゃない!」
「このくらいなら綺麗に治る。問題は人間の彼の方だな」
傷口からの出血はほぼ止まっていたけれど、どう見てもラズの方が傷は深い。魔族と人間とでは傷の癒え方にかなりの差があるようだ。
「ところで、自己紹介がまだだったな。我が名はヴィンセント、ラズの父だ。君の名前は?」
「エルヴェといいます」
「ほう、品のある良い名だな。エルヴェ殿、急な話で申し訳ないが、傷の治療のために我々と一緒に魔界に来てもらえぬか?」
言葉に詰まった。返答しづらい申し出だ。罠ではなさそうだけれど、話が唐突で判断に困る。
そんなとき、リリスさんが――。
「あなたエルヴェっていうのね。可愛い名前じゃない♡ エル君って呼んでもいいかしら?」
「おいリリス、まだ名前聞いてなかったのか?」
「あら、悪い? だってぇ、昼間はふたりがお楽しみ中だったから~」
「何だと? お楽しみって……何をだ」
「もちろんエッチなことよ~♡」
とんでもないことを暴露してしまっている。実の父親の耳には決して入れてはいけない類いの情報では――。僕の血の気が引いていく。
「エルヴェ殿!」
「はい!」
「魔界でじっくり聞かせてくれまいか?」
低く凄む声に険しい表情。断れない流れになった。リリスさんはその後ろでウインクしながら舌をペロッと出して「ごめんね」のポーズ。僕の勘だけれど、多分わざとだ。
「エル君。ラズちゃんの治療は多少厄介だし、君の傷を治すにも私じゃ応急処置が限界なの。向こうには腕のいい術師もいるから、ね♡」
話しながら、魔力で僕の開いた傷口をぴたりと閉じていった。
「分かりました。お世話になります」
流れのままに受け入れてしまったが、これが思わぬ過酷な日々の始まりになるとは、このとき僕は予想もしていなかった。




