死と性〈side/エルヴェ〉
僕は地面に放り出され、仰向けにされた。バンパイアが馬乗りになって僕を見下ろしている。
バンパイアを見るのは初めてだ。青白い肌、赤い瞳、漆黒の黒髪――想像通りの外見だ。美男美女に見えると聞いていたけれど、本当だった。
「坊や、気持ち良くしてあげるわね」
バンパイアが服を脱ぎ、覆い被さってくる。惚れ惚れするような容姿の女性だった。ただ、人間のそれとは違う危うさを感じる。見たら最後だと心が警告を発している。
頭がうまく働かない。体が痛い。そうだ、僕は襲われたんだ。
魔道具屋で目的の品を見つけ、宿へ帰る途中で。二体の男性バンパイアに背中、胸を引っ掻かれた。最後に、今目の前にいるイザベルという名のバンパイアに腹を殴られ気を失った。
「旦那様に手を出さないで!」
ラズの悲痛な声。目を覚ましたときも、ラズの声がしていた。そして今も――。
「だめだ、ラズ……」
翼がひどく傷ついている。このままではラズがどうなってしまうか分からない。どうせ僕は殺される。でも、今のうちに逃げればラズは助かるかもしれない。
「あら~、やっぱりこの坊やにご執心なのね」
「旦那様から離れて! 汚い手で触らないで!」
「いいわ、その感じ。これから坊やを、あなたの見ている前でおもちゃにしてあげるわね。無理はせずにそこでじっくり見物していなさい」
「ダメ、絶対ダメ!」
イザベルは僕を悩殺し始めた。柔らかい胸を押し当て、擦り付けてくる。抗おうとする僕の反応を見て怪しく笑った。
天には欠けた月。背には乾いた土。
唇を塞がれ、弄ばれる。両手で頭、頬、首筋となぞっていき、胸の裂傷から僕の血を啜る。死を思わせる錆びた臭いが、快感とともに僕を包んでいる。
「ああ、このお味……素敵ねぇ。童貞の血はやはり格別だわ」
イザベルがラズを一瞥する。彼女に向けてペロリと舌なめずりして、ふふふと笑って見せた。
「イザベル! わああああああ!!」
地を裂く絶叫。怒りに満ちた眼。直後、ラズが棘を強く踏みしめ、イザベルへ突進した。
「バカな!?」
棘は容赦なくラズの足に食い込み、数本は貫通していた。両翼は骨まで損壊し、折れてだらりと垂れてしまっていた。
それでもラズは高速で飛んでみせた。
「ああああああああ!」
血塗れのラズの体が弾丸と化した。イザベルは防御の姿勢を取る――が、躱せない。体当たりをまともに食らった。
「ぐわああああ!」
「イザベル様!」
男のバンパイアふたりが飛ばされたイザベルを受け止めた。ラズはうつ伏せに崩れ落ちた。足と翼は血にまみれ、ぼろぼろだ。
「ラズ……しっかりして、ラズ!」
「旦那様…………」
すぐに反応をくれたけれど――息は浅く、目は虚ろだ。それでも這いずりながら僕の手をとり、強く握り締めて言った。
「お願いがあります。少しだけ……血を飲ませてください」
「そんなことして……大丈夫なの? 僕の体液は、毒なんでしょ?」
やめた方がいい、という言葉を飲み込んだ。何か考えがあるのか、単純に血を欲しがっているのか。どのみち僕がしてあげられることは何も浮かばないのだから。
「毒でも……いいんです」
僕は黙って頷いた。ラズはイザベルにつけられた傷とは別の場所――僕の肩に牙を立てて噛みつき、血を吸い始めた。
「ラズ=リリン、この期に及んで何の真似? 今さらバンパイアに姿を変えて私に挑むつもり?」
ラズは無視して血を吸い続けた。顔が紅潮して、体から汗が吹き出していた。バンパイアに姿を変える――そんなことできるのか。僕はまだ見ていない、ラズのもうひとつの姿。
「無駄よ。ハーフバンパイアごときが私に勝つなんて、不可能よ」
「そんなの、やってみなきゃ分からないでしょ!」
上半身を起こして答えた。そして、唇の周りについていた僕の血をていねいに舐め取った。
いつもの可愛らしい声じゃない。リリスさんのものに近い、低く艶めかしい声色。それだけじゃない。ツノは消え、目は真紅に、肌は青白く変化した。長く鋭い牙、とがった耳に大きな翼が目を引いた。
「な、なんだこの魔力は……」
イザベルと部下のバンパイアたちが狼狽えている。僕には魔力を感じる術はないけれど、代わりに威圧感とよく似た重苦しい空気を感じていた。
可憐な淫魔の乙女が、妖艶な吸血鬼に変わっていた。でも確かにラズだった。僕はどことなくあどけなさを感じていた。
「イザベル様、これは……」
「私も初めて感じる。魔力の大きさや種類、そんなものとは根本的に違う。まともじゃない。何をしでかすか予測のできない、未知の禍々しさだ」
イザベルは立ち上がり、両手をラズへと翳した。その手に集まるように、漆黒が渦を成していく。それを見てラズは左手をイザベルへ向け、同様に漆黒の渦を出して見せた。
「イザベル様、それ以上はおやめください!」
「黙れ! ここで消しておかねばどんな災いに繋がるか分からん。そこの坊やといっしょに、ラズ=リリンを今すぐこの手で葬り去ってやる!」
「そうはさせない」




