それでも……
「へえ~、そう。この私を本気で殺すつもりなのね。でも無理よ、ラズ=リリン=バナワース」
「……どうしてその名前を?」
心臓が止まるかと思った。初見で正確に私のフルネームを言い当てたのはこの人が初めてだったから。
そしてさらに驚きの事実が――。
「私はイザベル=バナワース」
「えっ……。まさか……」
「そのまさかよ。私はバナワース家の現当主イザベル。どう? 名前だけで絶望できたかしら?」
血の気が引いていくのを感じた。純血のバンパイアが集う名家のひとつ、バナワース家。かつてお父様もその一員だった。お母様との関係を理由に家から追放されるまでは。
人間の姿で社会に溶け込み、魔界の外でも強大な影響力を持つ一大勢力。昼夜を問わず活動でき、戦闘能力はバンパイア最高峰のバートリー家に匹敵するという。
「どうして……。お父様はとっくに追放されているのに。なぜ今さら私なんかを襲うの?」
「あら、簡単なことよ? あなたの存在が我がバナワース家の汚点だからよ」
「私は一切関わってない。お父様のことはとっくに決着がついてるはずなのに、なぜ今頃になって私にこだわるの?」
「あなたの父親のこと、私が目をかけていたのに。リリスなんぞに現を抜かして、あまつさえお前のような混血まで産ませて。挙句の果てはその娘が人間の男に奴隷志願? 本当、吐き気がするのよ」
先代の当主とは絶縁を条件に話はついていると、お父様は話してくれた。数多の罵詈雑言を浴びせられる中、お父様はお母様のところへ婿として招き入れられ、バンパイア族の後ろ盾を完全に失いながらも懸命に私を育てた――そうお母様は話してくれた。
そんな苦労なんて、この女は聞く耳さえ持たないんだろう。家の名誉と体裁を守ることしか頭にないんだ。
「イザベル、あなたには何を話しても無駄みたいね」
「何ですって? 誰に向かって言っているの? 口の利き方に気をつけなさい」
「私のお父様、お母様はとっても素敵なひと。それに、旦那様の素晴らしさが分からないなんて、あなたの目は節穴なの?」
「あっははははは! こんな弱々しい人間のオスのどこがいいのよ。それともなあに? 見た目に反して立派な一物を持っていて、そこが気に入りました、とでも言うの?」
嘲笑するイザベルを、私は毅然と睨みつけた。
「旦那様を愚弄するなんて、許せない。そんなあなたに、生きてる意味なんてない」
「生意気ね。お仕置きしてあげるわ」
怒りに任せた攻撃ならわずかな隙があるかもしれない――それは甘い考えだった。
想像を超える速さ、イザベルの先制。突進、即、爪の斬撃。
身を低くしてすれすれで躱す。だけど即座に放たれた強烈な蹴りで、私の体は石ころのように弾き飛ばされた。
「まだよ、食らいなさい。冷血の逆鉤!!」
超高速の魔力の刃。だめ、避けられない。私の両翼に突き刺さり、背後にあった大岩へ打ち付けられた。
「ぎゃああああ!!」
痛い、痛い、痛い――! 無数の逆鉤のような刃が一本の槍のように連なって、翼を抉っていく。私の体は二本の杭で大岩へ磔にされた。翼から流れ出した血が、岩にいくつもの川を作り出していた。
「どう? 痛いでしょう。翼の痛覚めがけて打ち込んであげたわ」
「ぐう……あううっ……」
「その杭を抜くには前進するしかないわよ? 逆向きの刃に切り刻まれながらね」
「悪趣味……。性格悪い……」
「あはは、何とでもお言いなさいな」
敵わない。毒から回復して精気が満ち足りていても、まともに戦っては勝算なんてほとんどない。でも、このままじゃ旦那様が――。
「ううう……うああ…………ぐああっ」
「ほらほら、頑張りなさい」
刃の並びが不規則で、前へ進もうとする度に翼が損壊していく。激痛に気を失いそうになる。
「ラズ……やめてくれ! それ以上は……」
「だ、旦那様ぁ!」
痛みに耐えながら両腕を伸ばす。
旦那様が息も絶え絶えになりながら私を気遣ってくれる。ご自分の体も無事ではないのに。
そこへ非情な追撃が――。
「こんなのはどうかしら? 死の蕀園」
「ひっ」
足元に現れたのは無数の棘。私の周囲を取り囲んだ。真紅の棘がまるで薔薇園を成すように。
「なんて残酷な人なの」
「さあ、愛しの旦那様を助けたければそこを渡っていらっしゃい」
「来ちゃだめだ、ラズ……。そんなもの踏んだりしたら……足が壊れてしまう」
怖い、怖い、怖い――! 躊躇ってる場合じゃないのに、行かなきゃいけないのに、足が前に出てくれない。
「あらあら、怖じ気づいちゃったのかしら? でもね、やってもらうわよラズ=リリン」
そう言い放ち、部下の二体に合図を送る。パチンと指を鳴らすと、両脇を抱えて旦那様をイザベルの足元へ転がした。
「乱暴にしないで!」
「ええ、分かってるわ。私がちゃんと丁重におもてなしするから」
「……何をするつもり?」




