助けなきゃ
禍々しい魔力振、数は3体。ここから近い。
表の通りからじゃない、裏手からだ。はっきり感じる敵意。それに、考えていたよりも強い力を持った魔族だ。飛び回っているのか、動きも速い。
迂闊だった。昼間に感じ取っていた魔力振、あれは意図的に力を抑えていたんだ。そんな器用なことができるのは、かなり強力な魔力の持ち主くらいだから。
「行かな……いと……」
旦那様が危ない。狙いは私――そう考えていたのに、この部屋に近づいて来る様子がない。旦那様を人質に取るつもりなんだ。私は敏感になった体を起こし、服を着る。何度も襲ってくる眩暈に悶絶しながら。
一歩が重い。気持ち良すぎて意識が飛びそうになる。部屋を出て廊下側の窓から飛べば人目につかない。体が感じたことのないような高熱を内側から発している。何とか窓を開け、翼を広げて飛び出した。
「ひあっ……くう……」
翼が風を捉えるだけで力が抜けそうになる。うまく飛べない。汗が止まらない。
3つの魔力振が一点に集まった。立ち並ぶ建物の裏手に広がる農地、その先に見える小高い丘。
誘っている――。
これは罠。そうと分かっていても行くしかない。向こうも私の動きに気づいている。しかも感じる魔力振から、二体はともかく残り一体が問題。実力が読み切れない。
でもなぜか、私は負けない自信に溢れていた。毒が回っている状態だけど、驚くほど強大な魔力が自分の中に宿っているのを感じていたから。
農地を抜けると血の匂いがした。知っている匂い――嘘だ、まさか。
刹那、迫る挟撃。どちらも空中から。体を回転させて正面からの一撃、二撃を躱す。ほぼ同時に襲う背後の爪撃――速い。
「死ね!」
「きゃっ!」
翼を裂かれ、血が爆ぜる。大丈夫、かすり傷。痛みはほぼない。毒の効果かもしれないけど。構わず丘の斜面を飛ぶ。
「待て小娘!」
「八つ裂きにしてやる!」
漆黒の翼に長い爪、バンパイアだ。毒の抜け切らない今の私じゃ振り切れない。でも丘の頂上はすぐ目の前。不規則に飛んで攻撃の手を逃れる。
視界が開けた。見えたのは――。
規則的に並べられた墓石、その中央にふたつの影。ひとつはもう一体のバンパイア。闇より深い黒の長髪、鮮血のように赤い瞳。女のバンパイアだった。
もうひとつは――。
「旦那様!」
服が裂かれ、血が滲んでいる。女バンパイアが左手で旦那様の髪を乱暴に引き上げた。
「遅かったじゃない、淫魔」
「旦那様を離して!」
今出せるありったけの速度で一直線に飛ぶ。そのまま女バンパイアの首を目掛けて爪を振り下ろした。けど――。
「甘いわよ」
「ぐあっ」
腕を払われ、お腹に拳が食い込んだ。即座に胸ぐらを掴まれて、地面へと叩きつけられる。
なんて速さ、なんて重い拳撃。それを右腕一本でやってのけた。この人――強い。
本調子でも勝てるか分からない。圧倒的な速度と攻撃力。何より、不気味なほど余裕の表情で私を見下ろしている。
「あらあら、そんなものかしら? ちゃんと本気で来てちょうだい。殺しがいがないじゃない」
追ってきた二体の男バンパイアが背後に降り立つ。強い殺意を向けてきている。けれど攻撃してくる気配はない。逃げ場を塞いでるんだ。
「それなら人質なんて取らずに、直接私にかかってくればいいじゃない。旦那様は関係ない」
「さっきから何なの、その旦那様って。淫魔のくせに人間と夫婦ごっこでもしているの? 嫌ねえ、これだから下品な一族は」
この話し方、雰囲気。かなり身分の高いバンパイアかもしれない。
「私はどう罵られても構わない。でも、尊き存在でいらっしゃる旦那様を、その汚らわしい手で触れるどころか、傷つけるなんて絶対許せない」
女バンパイアが体をぴくりとさせる。そして鋭い目付きで私を睨んだ。
「今何て言ったの? 私が汚らわしい、と?」
「ええそうよ。聞こえなかったの?」
瞬間、殺意で目の赤が淀んだ。とてつもない威圧感。私の体はぶるぶると震え出していた。
「何よ、大層な口を叩くわりに、あなた怯えているじゃない。でもね、容赦しないわよ。失礼な小娘に相応しい惨めな死に様を与えてあげるわ」
「死ぬべきはあなたの方よ。旦那様の素晴らしさが分からない人に生きている価値なんてない」
「言うわね。私好きよ、あなたみたいな愚かな子。スケベなことしか取り柄のない淫魔が、どうやって私に勝とうっていうの?」
認めたくない。実力に差があるのは嫌でも理解できる。隠すことなく放出して見せる魔力の大きさに、私は絶望しそうになる。
「私は旦那様を守ると約束しました。たとえこの身がどれほど壊されようと、必ずあなたを殺します」
強がりなのは分かってる。それでも、わずかな可能性に賭けたい。だけど――。
そんな私の心を挫く言葉を、女バンパイアは告げてきた。




