越えたいの♡〈side/ラズ〉
「旦那様、お風呂にしませんか?」
私は気持ちを悟られたくなくて、いつもの甘々な声で言った。そうしようって、旦那様は応じてくれた。
この部屋に入ってすぐ、カーテンで仕切られた先に浴室があるって気がついた。田舎の宿屋にしては設備が充実してる。これでひとり1泊銀貨6枚は安いと思う。
「私が準備いたします。旦那様はくつろいでいてください」
「疲れているだろうに……ありがとう、ラズ」
旦那様のその笑顔が、私に力を与えてくれる。いっしょにお湯に浸かりたい、それを思えば疲れなんて感じない。
浴槽は白い陶器でできていた。ラーミア族やエルフ族の仕事なのだと思う。手先が器用で土魔法に精通した個体が多いと聞いているから。
それに、蛇口には火の魔石が取り付けられていて、お湯が直接出る構造になっていた。
私、緊張してる——。
蛇口をひねって温度と湯量を見ているだけなのに、私の脳裏には旦那様の体がはっきりと浮かんでいる。
今宵、私は——。
毒を制するには少量ずつ摂取して慣れていくしかない。淫魔にとって媚薬は抗い難い種類の毒。自制できずに量を誤れば命に関わる。
少しずつ嵩を増す湯船。刻々と近づいてくる旦那様との夜伽の時間。のぼせ上がりそうになる私の本性が我慢できないと訴え続ける。
ふたりで入ればちょうど浴槽から溢れ出ない程度の量。腕を入れて弧を描くように湯をかき回す。透き通ったお湯が私の羞恥をくすぐる。
「旦那様、準備が整いました」
「……うん」
ソファで物思いに耽っていた旦那様。その横顔が凛々しく見えたのは、ランプの暖かな光のせいなのか、それとも私の錯覚なのか。
ふたり向き合って服を脱ぐ。もう見知っているはずなのに、初めての時のようにドキドキする。
旦那様は以前、ご自身を非力だとおっしゃっていた。だけど目の前には、より逞しくなられた肉体がある。——まともに見られない。
体を洗い合って、いっしょに湯船へ。静かに温まって、数分で湯からあがる。
体を拭き合って、ベッドに並んで入って——。
「旦那様」
「……なに?」
返答を一度飲み込んでしまった。そうしたら、旦那様が私の頭をやさしく撫でてくれた。
「どうしたの?」
「あの……」
「うん?」
「……ご奉仕させてください」
「ラズ、待って。僕の体は……」
言い終わるのを待たずに、私は意を決して布団に潜り込む。旦那様の体を跨いで覆いかぶさった。そして布団の中からちょこんと顔を出した。
くすって笑っておどけて見せた。精一杯の強がりだけど。
「旦那様は楽にしていてくださいね♡」
これから何をするのか、はっきりとは言えない。言わなくても、ほしがっていることはいっしょだから。
お母様は触れるだけでも危険と言った。旦那様の唾液、汗、血液――どれも私の心を一瞬でかき乱した。だけど、してみないと分からない。乗り越えなきゃいけないの。
少し、怖い――。
旦那様は私に身を預けてくれている。
私は欲しがるまま、ほしいまま。どうしてこんなに愛おしいのかな。
――そして私は。
「ああああああ!」
「どうしたのラズ? ラズ!?」
熱い。苦しい。しあわせ。くらくらする。ふわふわする。からだが――変なの。
布団がめくられた。旦那様の心配そうな顔が見えた。視界が歪んでる。動けない。体を丸める。猛烈な快感に抗う。でも無理。
「旦那……様……だめ…………ラズ……変……」
声が震える。息がもたない。
「ラズ! しっかりして、ラズ!」
私を介抱しようと手を伸ばす旦那様。その腕に抱かれていたい。抱き締めてもらいたい。でもそんなことされたら、今は――。
「ああ、だめっ! 触っちゃ……」
背中に触れられた瞬間――!
「やああああ、だめええええええ!」
絶叫してしまった。制御なんて効かない。
(私、もしかして……。この感覚……最後までしたわけじゃないのに)
全身がひどく敏感になってる。どこを触れられても危険な状態。もし今、敏感なところに触れられたら――。
不規則にびくんびくんと体が震える。おかしくなってる。どうしたらいいか分からない。
「ラズ……落ち着くまで見守るから。体には触れないように気をつけるね。苦しいのかい? 大丈夫かい?」
その優しさに、勝手に涙が出る。私また、泣いてる。きっと溺れてる――私、旦那様に溺れてるんだ。
何にも誤魔化せない。どうにもできない。
この感情は――何なの?




