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ヤンデレ魔族と没落貴族のヤバい生活  作者: 有の よいち
第1部

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30/58

忠告

「彼の体液は……猛毒よ」


 僕は言葉の意味が理解できなかった。


(たかが人間の、僕の体液が猛毒?)


 ちらりとラズを見た。驚いた表情のまま息をするのも忘れているようだった。


 沈黙が続いた――。


 風が止んでいる。けれど空はひたすら青く、雲は悠然と流れていた。この場所に杭を打たれて空だけが回転しているみたいに。


 ラズは呼吸を取り戻し、ぜえぜえと苦しそうに喘いでいる。僕は聞いた。


「毒って……どういうことですか?」

「そうねえ……。簡単に言えば、強烈な媚薬ってとこかしらね」

「媚薬?」

「ええ。少なくとも私達サキュバスにとっては、ね。他の魔族は分からないけれど、摂取しようものなら無事では済まないと思うわ」


 聞いたことのない話だった。


 バンパイアに大蒜(にんにく)や十字架が有効と言われるように、魔族にはそれぞれ苦手なものがあることは有名だ。だけど、人間の体液が猛毒の媚薬になるなんて初耳だ。


「私もねえ、三千年以上も生きてきて、初めてのことで驚いてるのよ」

「えっ、そうなんですか?」


 前例がないのも驚きだけれど、淫魔の年齢には更に驚かされた。


 それは別として――ラズは僕のことを特殊個体かもしれないと言っていたけれど、ここでその真実味が一気に増してきた形だ。


「ラズちゃんは気づいていたかしら?」


 彼女は首を振るでもなく、ただ俯いていた。リリスさんは小さくため息をついた。


「それなら上出来よ。ママが言いたいこと、分かるわよね?」

「……私は彼から離れない。絶対に離れたくない。克服してみせるもん」

「ラズちゃん、それは難しいわよ? ちょっとだけふたりの様子を見ていたけれど、唾液や汗を啜るだけでひどく乱れていたじゃない」

「なっ! お母様、見てたの?」


 リリスさんはラズの前で両手を合わせて「ごめんね」と言ったが、彼女はぷくっと頬をふくらませている。


「ひどい! 実の娘のそういうとこ、普通見たりする?」

「私たちはサキュバスよ? エッチなことしてるところぐらい見るのは普通じゃない?」

「信じられない! 私はお姉様たちとは違うって何度も言ってるじゃない!」


 親子喧嘩が始まってしまった。にしても、何て内容なんだろう。ひとまず、他に誰も来る気配のない場所で良かった。


「あのねラズちゃん、ママはあなたが心配なのよ。たったの90年だけど、毎日気が気じゃなかったわ。だから覗きたくもなるのよ」

「そんなの言い訳じゃない! 私の体はともかく、彼のも見たってことでしょ?」

「怒るとこ、そこなの? まあ、見たけれど……」

「もう帰って!」


 僕の体について、なんかしれっと話している。ふたりはそんなことお構い無しだけれど。

 

「もお~、それくらい良いでしょ? 許してラズちゃん。ほら、私の裸も見せるから♡」

「ちょっとお母様、何してるの? あ、旦那様は見ちゃダメです!」


 ラズは必死でリリスさんの裸体を隠そうとしたけれど、時すでに遅く――。たわわで張りのある胸を、僕はしっかり目撃してしまった。


「これでおあいこでしょ? それに、彼ったら可愛いんだもん。ママ気に入っちゃった♡」

「ダメ! 旦那様に近づかないで!」


 僕とリリスさんの間に立ちはだかるラズ。その姿をリリスさんは不敵な笑みで見つめている。


「ふ~ん。旦那様、ねえ。ラズちゃんたらドM体質なの~?」

「……そ、そんなんじゃないし!」

「ええ~? でも、うれしそうにしてたじゃない?」

「からかわないでったら! もう早くどっか行ってよ!」


 なぜか安心して見ていられる喧嘩だな、と思った。サキュバス同士の会話なんてもちろん初めて聞くけれど、内容はともかく雰囲気は人間と変わらないな、と感じた。


「まあ、忠告はしたわよ。彼と最後までするときは十分に気を付けるのよ」

「お母様! 何てこと言うの?」

「ああ、あとね、お口でするのはやめといた方がいいわよ。彼のアレは触れるだけでも危険だと思うから」

「ちょ、ちょっと……もう!」


 ぷんぷん怒るラズがやたら愛おしい。怒った表情も好きだな。――じゃなくて、本当にとんでもない会話だ。およそ親子の会話とは思えない。


 サキュバスならでは――なのかな。


「じゃあ、またね~♡」


 リリスさんは投げキスをして去っていった。竜巻にでも襲われたような気分だ。情報量が多すぎて何から聞いたらいいか分からない。


 聞ける内容とはいえないけれど――。


 僕らはしばらく黙り込んでしまった。ラズも何から話すべきか探っている。


 風向きが変わった。崖を登ってくる風は生ぬるいけれど強い。日も傾き始めている。そろそろ先を急いだ方が良さそうだ。


「ねえラズ、詳しい話は後にしよう」


 怒りの収まった彼女は静かに「はい」とだけ答え、僕を抱き締めて空へと舞った。


 かなりの高さを飛んでいる。これなら鳥獣と見分けはつかないだろう。ラズは森が見えれば低く飛び、集落が見えれば高く飛んだ。


 いくつかの森を越え、夕陽が視界を赤く染める。僕の体温を示すかのように、どんどん濃さを増していった。


「旦那様、もう少しで到着します」


 淡々とした声だった。感情の抜けた、事務的に読み上げるだけ話し方。


 けれどそれは、夜には一変した――!


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