苦しくして♡
一瞬だけ戸惑う旦那様。でも、首を縦に振ってくれた。私は魔法で手枷を取り出す。
「後ろ手に取り付けてくださいますか?」
旦那様の吐息が熱い。私の吐息はもっと熱い。お互いの体を這うように広がる。汗が滲んで、かすかに香る。
腕を背中にまわし、旦那様が手枷を施す。カチャリという金属の音。頭がぼうっとする。
「……こうかな?」
「はい。ありがとうございます……」
私の腰から脇へ、首へと旦那様の手がなぞっていく。それから首輪をじっと見つめる。私は欲望を抑えきれなくなっていた。
「首に手を掛けてください♡」
「……いいよ」
「苦しくしてください……」
「…………いいよ」
首輪が親指で圧迫されていく。息が細められていく。首の後ろを四本の指が食い込むように押さえている。旦那様の両手が首輪から肌へと移動して、直接首を絞め始める。息ができなくなる。
「うう……う……」
眉間に皺を寄せ、呻く私。旦那様は私の首を絞めつつ持ち上げていく。体がのけ反っていく。命を預けているこの感覚――深い快感が全身を焦がしていく。そして旦那様はすでに理解しているかのように力を緩める。
「はああ、ううっ……」
「どう? 大丈夫?」
「……はあ、はあ……ちょうど、いいです」
寸分違わず、まさに私のほしい苦しさをくださる。絞められているとき、ずっと旦那様の視線を感じていた。私の表情だけを見てくださっていた。私の体は旦那様に支配され、旦那様の意識を私が支配していた。
これ――癖になりそう。
私は何度も求めた。唾液が口から漏れ出しても、はしたなく、「もっと、もっと!」って。体はもう汗だく。頭がくらくらして、視界がぼんやりしてきて。これ以上はダメって分かっていても、また求めてしまう。
そうしたら旦那様、突然中断して――。
「いったん休憩。呼吸をしっかり整えて」
急に止められたことには驚いたけど、旦那様は私の限界をしっかり見て判断されたみたい。私は自分の限界に気が回っていなかった。快感に身を任せて、私のすべてを預けて。
旦那様、完璧すぎない? 生まれながらにして淫魔を手なずける術を知っているような、もはや天賦の才ともいえる底知れぬ可能性を秘めた人。どうしてこんな素敵な人が見過ごされて来たんだろう。
「呼吸が……はあ、はあ、整ったら……はあ……もうちょっとだけ、してください」
「いいよ、ラズが満足するまでしてあげる。僕は君に頼ってばかりでろくにお礼もできてないから。ラズが喜ぶことをできるだけしてあげたいんだ」
嘘みたい。夢みたい。ずっとほしかった言葉を、またもらえた。
『サキュバスだろうがバンパイアだろうが、ラズはラズでしょ?』
以前旦那様から頂いたお言葉が、何度も何度も頭を巡っている。お父様やお母様以外からは言われたことのない、もらえそうでもらえない言葉。
単純でありきたりに聞こえる言葉かもしれないけれど、もらえたら泣き出したくなるくらいうれしい言葉。
「すごく……すごく、うれしいです♡」
目頭が熱くなる。だめだよ、どうして――私は涙を我慢できないの?
旦那様の前では、どうして泣き虫になっちゃうの? 私ってば弱い子なの?
サキュバスでもない、バンパイアでもない、中途半端な存在の私。どっちの生き方を選んでも一人前にはなれないって、周囲から散々言われてきた。
魔族は基本、狩りをするときしか魔界の外には出ない。でも私には魔界の居心地の方が悪くて、危険を承知で外の世界へと飛び出した。
お父様とお母様は必死で止めてくれたけど、きっと一人前になって帰ってくるからって、無茶なお願いを聞いてもらった。
それからはひとりで生きてきた。
魔界を飛び出してから90年間、ずっと――。
涙がすうっと両目から流れ落ちていった。
「ご、ごめんラズ。苦しくし過ぎたかな。本当にごめん、加減が分からなくて」
「違います、違うんです! うれしくてたまらないんです!」
私はもう隠していられないんだ。
――私の知っている私も、私が知らなかった私も。
「旦那様! ラズのお願い、もっと聞いてくださいませんか?」




