ご褒美って
「何だい?」
僕が聞くと、ラズは残りの紅茶を一気に飲み干し、僕に抱きついて来た。
「わっ! ちょっとラズ?」
「私、今日がんばりました。何かご褒美をいただきたいです」
「ご褒美? えっと……急に言われても……」
躊躇っていると、ラズは顔を近づけて言う。
「お風呂に入りたいです」
「え、あっ、それならすぐに……」
抱きついたまま、今度は耳元で――。
「旦那様といっしょに……です♡」
とんでもなくいい匂いがした。髪はまだ乾ききっていないし、着替えたわけでもないのに。やっぱりフェロモンなんだろうか。
サキュバスのときのラズは――特にうっとりした表情のときは――お花畑のど真ん中にいるような、とびきりいい匂いがする。
僕はラズと混浴する場面を想像してしまった。悟られたらまずいと咄嗟に顔をそらしたけれど、全然間に合わなかった。
「ああ~旦那様、今えっちなこと考えましたね?」
「か、考えてないよ! ちょっとびっくりしただけだって」
「ええ~? ほんとですかぁ~?」
ラズが顔を覗き込んでくる。完全にいたずらっ子の表情で。
「ラズわぁ、い~っぱい考えてますよ? うふふふふ♡」
だめだ、さっそく理性が消し飛んでしまいそうだ。ただでさえ可愛い顔してるっていうのに、仕草もありえないほど可愛くて、甘い声まで出されてしまったら――もう逃れられない。
「旦那様、お風呂は魔法ですぐに準備できますから……服を脱いでください」
「え、ちょっと……」
僕の服に手をかけるラズ。思わず振りほどいてしまった。するとラズは――。
「じゃ~あ~、ラズが先に脱ぎますね♡」
僕の背後にまわった。そして少し離れた場所から何かが擦れる音がした。息がつまってうまく呼吸できない。パサッという音の後に、コツ、コツと靴で交互に床を叩く音が。鼓動が早すぎて心臓が破裂しそうだ。
足音が近づいて来る。すぐ後ろで止まる。ラズの指が背中に触れた。
「私だけじゃ、恥ずかしいです……」
上着を脱ごうとする。うまくいかない。汗ばむ体は正直だ。いくら本心を隠そうとしても、ラズには誤魔化しなんて通用しなそうだ。
「お手伝い致しますね」
ラズが僕の上着に手をかける。服はするりと脱げていく。上半身が露になる。ラズの指がゆっくりと僕の背中をなぞる。そのまま下着に辿り着く。
「それは……自分で脱ぐよ。後ろを向いていてくれない?」
「はい……」
ふわりと舞ったラズの髪が、僕の背中を撫でていった。僕の中で何かが弾けた。裸になり、浴室へと向かう。後ろをついて来る足音。靴はまだ脱いでいないようだった。どんな姿でそこにいるのか、僕は頭の中で像を作り始めた。
浴室の前で立ち止まる。靴を脱ぎ、体をかがめて揃えているラズの姿が横目に入った。その肌色に、ますます呼吸が乱れる。扉を開け、浴室へ入る。ラズもついて来る。
「お湯を張りますね」
「うん……頼むよ」
背後にラズが手を翳している気配を感じた。浴槽に水が現れ、徐々に湯気が立ち登る。待っている間、少しも寒さを感じなかった。
「準備ができました。そこの椅子に座ってください。お背中をお流しいたしますね」
ドキッとした。おしとやかな、大人びた声で言われたから――そのせいもあるけれど、女性に体を洗ってもらうなんて経験がないから。
でも、「自分でやるよ」という言葉を、僕はなぜか飲み込んでしまった。本音が言えない代わりに黙ってしまうなんて、自分の情けなさが嫌になる。
ラズが風呂桶で浴槽のお湯を掬う。檜の匂いがふんわりと香る。同時にラズから漂う華やかな香り――。
夢の中にいるような感覚がして、もしかして魅了の術を使っているのかも、と思った。けれど、僕とふたりだけの空間でラズはそんなことするだろうか。
「失礼いたします」
肩から滑り落ちていくお湯をラズの手のひらが追いかけていく。お湯の流れに沿って背中をやさしく撫でていく。僕のすぐそばに備え付けたあった石鹸へ、ラズはゆっくり手を伸ばしてきた。
そのすぐ後、手でこすって泡立てているのが分かった。肌理の細かくなった泡が、ほわっという音を響かせていた。
ふんわりと綿毛のようになった石鹸の泡が、首筋から肩へ、背中をなぞって腰や脇腹へとのせられていく。
「ラズの方が疲れているのに、こんなことまでしてもらって……」
「いいんです。だって、これがしたかったんですから」
ゆったりした手つきで、ラズは僕の体を洗い上げていった。そして――。
「前の方も……お流しいたしますね」
「え?」




