僕って奴は
「それはちょっと…………」
「どうか、お任せください」
ラズが背中に胸を押しつけてきた。感じたことのないふわりとした弾力に、僕は思考を根こそぎ持っていかれた。
脇を泡で包み、首元へと抜けてくる細い指。円を描くように胸を滑り、胴回りでまた円を描き――。
「待ってラズ!」
「どうか、動かないで……」
穏やかな声で応えて、躊躇いもなく下へ下へと、両手でやさしく撫でていく。僕は声を殺す。ラズの息遣いが聞こえてくる。
「気持ちいい……ですか?」
そんなこと答えられない。口を開こうものなら、はしたない声を上げてしまいそうで。
流れるようにふくらはぎから膝へ、つま先から足の裏へとラズの手は進んでいく。風呂桶に湯を掬い、入念に全身を覆っている泡を流していく。
仕上がったところで――。
「今度は僕の番だね」
自分でも信じられないほど大胆なことを言ったと思う。でも、自然に漏れだした言葉だった。
「え? そんな……旦那様のお手を煩わせるなんて……」
「何言ってるの? ラズだけ……ずるいよ」
「でも…………。恥ずかしい……です」
「僕だって……そうだったんだよ?」
振り向くと、ラズは足を閉じ胸を隠して頬を紅潮させていた。恥じらう仕草に心臓を鷲掴みにされた。照れを誤魔化すように石鹸を泡立て始める。
「本当に私も……ですか?」
「うん。……いくよ」
首筋から肩へ、彼女の体を抱きかかえるようにして背中へと両手を滑らせていく。
目を閉じてうっとりとするラズ。喜んでくれている――そう思えて、もっと喜ばせたいと気分が高揚してくる。
ラズが僕を見つめる。僕もじっと見つめ返す。目を合わせたまま手を動かし続ける。腰からお腹へ――泡を塗り込んでいく。
「旦那様……」
構わずに洗い上げていく。聞こえてくる荒い息遣い。僕から迷いが消えていく。
「ラズ、立ってもらえる?」
「…………はい、旦那様」
彼女は少し躊躇った。うすく目を開け、ささやくように返事をした。たまらなく愛らしかった。
たっぷりの泡を足の間にのせ、彼女の反応を下から見上げる。口元をおさえ、必死で声を我慢している。彼女だって僕と同じなんだ。
何事もなかったかのような素振りで、ふとももから足先へと洗っていく。なめらかでシルクのようなラズの肌。触れているだけで天にも昇るような思いだった。
不思議と心は穏やかだ。顔をほころばせているのが自分でも分かる。興奮しているはずなのに、驚くほど手の動きに集中している。いや、没頭している。
浴槽のお湯をていねいにかけていく。次第に露わになるラズの四肢。初めて会ったときも感じたけれど、この世のものとは思えない美しさだった。僕はなぜか冷静に見とれていた。
「あ、あの……そんなにじっくり見ないでください。私……」
あまりに刺激が強すぎると、頭では処理しきれないらしい。心にゆとりさえ生まれてきていた。
「じゃあ、湯船に浸かって温まろう。外は寒かったでしょ?」
ようやくラズは僕に視線を戻してくれた。はにかんだ笑顔でこくりと頷く。もじもじと、背を向けて湯船へと入っていく。肩までお湯に浸かると、くるりとこちらに向き直った。
ふたり向き合って体を温める。自然と、じっと見つめ合う。
「旦那様はお優しいですね」
「そう?」
自分が優しいなんて思ったことはない。ただ、自分がしてあげたいと思うことをしているだけだ。誰にでもそうしてるわけじゃないし。僕は現金な奴なのかもしれない。
ラズにだけ、かもしれない――。
「最高のご褒美、いただいちゃいました♡」
「なら、よかった」
屈託のない笑み。非力な僕が言うのはおかしいけれど、この笑顔を守りたい、僕がラズを守るんだって強く思った。守られているのは僕の方なのに。
別にそんなのどうだっていい、そう思うことにしよう。誰に何と言われても構わない。この笑顔を見られるならば。
ラズと過ごす一分一秒が、かけがいのない時間になっている。ずっといっしょに居たい、離したくない。こんな気持ちになったことなんて、今まで一度もなかった。
(やっぱり魅了をかけられている? ……そんなわけないか)
もし術をかけられていたとしても――この時間が夢の中だとしても――幸せには変わりない。だったらいいじゃないか、開き直って楽しむのもありだよなって思える。
ラズが時折お湯を肩にかける。艶めかしい仕草、いつまでも見ていられる。でも、思いのほか体の芯まで温まるのは早くて――。




