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ヤンデレ魔族と没落貴族のヤバい生活  作者: 有の よいち
第1部

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20/22

今夜は〈side/エルヴェ〉

 僕は抱き締めずにはいられなかった。


 大地を突き刺すような豪雨の中、ラズは笑顔で帰ってきた。吸血鬼と呼ぶには小さい牙が八重歯のようで愛嬌がある。


 ドレスのような服から水が絶えず滴っている。顔は火照って見えるけれど、触れた肩はひどく冷たかった。


 愛おしい――素直にそう思った。


 小柄で線の細いラズ。何をしてきたかは分からない。いや、予想はついているけれど――。


「何か温かい飲み物でもどうかな?」


 体を撫でながら伝えた。ラズの体が少し震えている気がした。


「……はい。いただきます」


 お湯を沸かしておいて良かった。屋根を叩く雨音を聞いて、咄嗟に暖炉へ火をくべた。ふと台所のポットが目に入って――。


 きっと僕自身が落ち着きたかったからだ。ラズには強い力があるって信じられても、毎回無事に帰って来てくれるかは分からない。


「紅茶って飲める?」

「はい」

「そこに座って、ちょっと待ってて」


 暖炉のすぐそばの椅子を指差す。ラズは頷いて腰かけた。その姿が妙に小さく感じた。


 棚から茶葉を取り出しカップに入れる。お湯を注ぐと、やわらかな酸味とともに薔薇のような華やかな香りが広がった。


「とってもいい香り……」


 ラズは椅子の上に足を乗せて体を丸めていた。目をつむって鼻をくんくんさせて。小動物の仕草を見ているような気分だ。自然と顔がほころんでしまう。


「すぐにできるからね」


 カップの中に薄紅色が滲んでいく。細かく砕かれた青い葉も入っていたせいか、紅茶は徐々に薄紫色へと変化した。その様子を見ていると心が安らいでくる。ラズの瞳の色に似ているからかな。


「お待たせ」

「ありがとうございます」


 テーブルの上にカップをふたつ並べる。ふたり向き合って座ったけれど、お互い顔を見られない。両手でカップを抱え込んで紅茶の波紋を見つめる。ラズもそうしている。


 ひとくち紅茶をすすって、ラズが言った。


「あの……旦那様、申し訳ございません」

「ん? どうして謝るの?」

「……もうここには居られないと思います」


 覚悟はしていた。でも、僕は不謹慎にもわくわくしていた。なぜか少しも悪い気がしない。だからなのか、僕はふと思いついたことを口にしてしまった――。


「だったらさ、一緒に旅に出ようか?」

「えっ?」


 自分でも意外だった。言ってから気づいた。結構大胆なことを口走っているな、と。


「ラズといろんな所に行ってみたいんだ」


 ラズと出会った瞬間、別の世界が動き出した気がした。刺激的な出来事の連続で、感覚が麻痺しているのかもしれない。


「ふたりで……ですか?」

「うん。だめかな?」

「だめじゃないです! うれしいです♡」


 ラズと過ごせたらどんな毎日になるんだろう。サキュバスとバンパイアのハーフってだけでもドキドキするのに、言葉に表せないほどの美少女のラズと、ふたりで旅をするなんて。


 貴族として生きていたら、こんな生活想像もできなかったと思う。そもそも没落して路頭に迷わなかったら、ラズに出会っているはずもない。


「明日の早朝、ここを出よう。ボルガには僕から伝えておくから」


 ラズと出会ったあの廃墟――古都リュケイオスを、僕は最期の場所にするつもりだった。栄枯盛衰の象徴とも言うべきあの場所で。生きることに疲れてしまっていたんだ。


 けれど僕は――まだ生に執着していた。


 奴隷商から彼女を助けたいと思ったのは、僕が生きている証を残したかったからなんじゃないか。彼女に精気を奪われて死んでもいいと思ったのだって、同じ理由なんじゃないか。


 そして僕はいつの間にか、生きていくことに迷いがなくなっていた。全部ラズのおかげだ。


「まず北を目指してみよう。トリノメーアの北端に静かな町があるらしくてさ、まずはそこで暮らしてみようかなって……」

「暮らす……素敵です♡ 行きたいです♡」


 ラズは椅子から立ち上がって、尻尾を左右に振りながら快諾してくれた。今日一番の笑顔を見せてくれた。


「そうと決まれば今日は早めに休もう」

「はい! ……あの、その前にお願いがあるんですけど、聞いてもらえますか?」


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