救出
男達が一斉に襲いかかった。その目は獣欲に満ちている。
もう見過ごせない――!
「待て! その子に手を出すな!!」
剣を抜き、僕は叫んだ。
単身、悪党に立ち向かう。実戦の経験などありはしない。おまけに剣術も人並み以下だ。完全に捨て身だった。
「誰だ貴様は!」
大男が唸るように言う。
「名乗るほどの者ではない」
流浪の身となった元貴族の僕に、名など無いに等しい。どうなってもいいんだ。
「俺たちの邪魔をする気か?」
「だったらどうする?」
大男の問いに毅然と答える。失うものなんてもう、何もない――。
「騎士様気取りか? 命知らずな奴め」
せめてこの少女だけでも守れたら――。
特に何を成すでもなく、何の取り柄もない、こんな僕だけれど。
男達がゆっくり剣を抜いた。すでに僕は囲まれている。少女は獣人に捕らわれている。このままでは救うこともできず、犬死にだ。
でもひとつだけ――策がないわけじゃない。
「すぐには殺すな」
頭目らしき男が言うと、じりじりと間合いを詰めてきた。笑い声を漏らしながら、剣をおもちゃのようにちらつかせる。彼らは僕の非力さを見抜いていた。
いや、見抜くというより、筋力もなければ背丈もない、僕が弱者であることはすでに承知のはずだ。当然魔力を持っていないことにも、連中はとっくに気付いているだろう。
だからこそ、好機はある。
「存分にいたぶってやれ!」
号令と共に襲いかかってくる男達。迫り、間合いに入り、武器を振りかざす。
――今だ!
「爆ぜよ、閃光烈波!!」
「なにぃ!?」
無数の光の矢が闇夜を裂く。一瞬で男達の視界を奪った。放たれた光に攻撃力はない。だが、目眩ましには十分だ。
「くそっ、魔石か!」
魔族の男が毒づく。その通り、魔石の力だ。
【雷光の剣】。失われた我がストラディバリ家の家宝にして父の形見。鍔に嵌め込まれた魔石には光属性の魔力が宿っている。
使える魔法の数は手にした者の技量に左右されるが、たとえ魔力を持たなくとも念じさえすれば発動できる優れものだ。
「小娘を押さえつけろ!」
白髪の男の声。獣人が呼応し、吠える。
光の中、少女の元へ走る。いかに剛力の獣人が相手でも、怯んでいる今なら剣で腕を振り払える可能性くらいはある。一か八かだ。
少女を抱き寄せ、剣を振り下ろす。
「ぎゃあああああ!」
けたたましい獣人の悲鳴。その腕は――なんと切り落とせているじゃないか。信じられない。
雷光の剣は魔力が無ければ切れ味は期待できない、そう聞いていた。僕に魔力なんてない。それなのに、重厚な獣人の腕をあっさり落とすことに成功した。
光が収束していく。迷っている暇はない。
即座に剣を納め、少女を背負う。そのまま森へと走った。男達の目が闇へ慣れる前に、できるだけ距離を稼がなければ。
ふと気付く。
(この子の体、軽すぎないか?)
興奮で血が沸き立っているせいなのか、体の奧から力が漲っていた。ひょっとしてこれも雷光の剣に秘められた力なのか。
「待て小僧! ……畜生、よく見えねえ」
傭兵の苛立ちが伝わってくる。まだ追って来る心配はない。とにかく走って、身を隠せる場所を探さなければ。
森の奧へと突き進む。暗闇がどんどん深くなる。今夜が満月なのは幸いだった。おぼろげながらも足元は何とか見える。必死に走り続けた。
息が上がる。足が鈍り始めた。見かねた少女が僕に言う。
「もう大丈夫です、下ろしてください。とても苦しそうです。お願いです、休んでください」
耳をくすぐる清らかな声に、僕はたまらず足を緩めた。気が付いていなかった、肩で息をしていることに。
ずいぶん奧まで来たようだ。目を凝らして辺りを見回すと、少し先に小さな湖が見えた。その畔には休むのにちょうどいい岩場もある。
「あの木陰へ行こう」
「はい」
湖畔の大木の陰にある一枚岩へ、身を投げ出すように仰向けになった。息が苦しい。こんなに走ったのは生まれて初めてかもしれない。
「あの……大丈夫ですか?」
幼さと色気が混じる魅惑的な声に、誘われるように視線を向けた。瞬間、また目が離せなくなった。
(この子、本当に人間か? あまりにも……)
アメジストの瞳が僕の意識を吸い込む。そう錯覚させられる。目線を移しても、純白に輝く肌に心が捕らわれてしまう。
これまで見知ったどの国の姫君でも、この子と並んでしまえば色を失いかねない。
「あんまり見ないで下さい……」
「あっ……ご、ごめん」
しまった、彼女は下着姿だ。途端に頬が熱くなる。ごまかすように、僕は慌てて顔を反らした。
湖畔に寄せて跳ねる波、湖面を撫でるほのかな風。火照った体に心地いい。
そこに重なる彼女の声――。
「助けていただき、ありがとうございます」
心が震える。体が騒ぐ。
「良かった、君が無事で。何とかうまくいったよ。あはは……しばらく動けそうにないや」
心臓は高鳴ったままだ。頭もぼうっとしてくる。
体が重い。もう動けそうにない。岩の上に横たわったまま、僕は彼女へと向き直って聞いた。
「あの……君の名前は? 僕はエルヴェ。エルヴェ=フォン=ストラディバリ」
「私はラズ」
「ラズ、か……。素敵な名前だね」
今度は彼女が顔を反らす。
その瞳が揺れているように感じた。やけに照れくさそうに見えたのは、僕の願望が見せた幻だろうか。
――いや、幻なんかじゃなかった。
――次の瞬間、世界が時を止めたんだ。
「あなたの方こそ素敵なお名前です、旦那様」




