出会い〈side/エルヴェ〉
ファーストキスの相手は、魔族だった。
満月の夜、僕はラズに出会った。腰まで届くシルバーホワイトの髪、アメジストに輝く魅惑的な瞳。シルクのような柔肌に、線の細い体。
僕の青い目や金色の髪なんて、彼女の前では日に焼けた染め物のように色褪せて感じる。
彼女は僕の膝に乗り、恍惚の表情を浮かべている。僕の目にはもう、彼女しか映っていない。
「旦那様……もっとください。まだ足りないんです。……お願い、もっと!」
躊躇う僕には構わず、唇を重ねるラズ。
「ん!?」
狂ったように僕を追い求める。重なり合うと、満足そうに声をもらす。ときおり僕の顔を見て、反応を確かめる。とろんとした目でふふっと笑い、両腕を僕の首へとまわす。
――僕は深く、溺れていた。
売られる直前で奴隷商から助けた少女。出会ったばかりのその少女に、僕は唇を奪われた。初めての体験が、こんなに過激なものになるなんて――。
「ああ、やっと見つけた。私の理想の旦那様。もっと、もっとください!」
幼い見た目とは裏腹に、妖艶な声が脳まで響く。体が燃えるように熱くなる。襲ってくる快感に抗う術が浮かばない。夢の中にいるような感覚。
このとき、僕はまだ知らなかったんだ。
ラズが――サキュバスの血を引く魔族だなんて。しかも魔族の中でも特殊個体だなんて。
そんなこと夢にも思わなかったんだ――。
古都リュケイオスの廃墟群。
かつての栄華は影もなく、今では奴隷商の闇取引の巣窟と化していた。
幌馬車の荷台に大型の檻が見える。中には商品が入れられているようだ。半壊した教会の裏手で、商人たちが算段を始めた。
「今回の客はご高名な貴族様だ」
「ほほう、お偉いさんですかい。そんなら、ちょいとつついて高値を吹っ掛けてやりましょうぜ」
「無論そのつもりだ。貴族様は素性が明るみになるのを大変心配なさるからな」
へへ、と下品な笑い声が飛び交う。
僕は瓦礫の山に身を隠していた。僕のほうが先客だった。日没前から物影に身を潜め、陣取っていた。そこに奴隷商がやって来た、というわけだ。
「これだけの上玉だ、金貨5000はカタイぜ。演出次第じゃ、あと1000は盛れるな」
金貨5000とは、余程の奴隷に違いない。豪邸が一棟建てられるほどの大金だ。美形の少女か、それとも稀少種族の子供だろうか。
傭兵らしき大男が、錠を外して檻へと入る。
「おい、出ろ」
まるで家畜を連れ出すように、商品を繋いだ鎖を引く。満月から注がれた光がその輪郭を露にした。
長い髪の少女のようだ。影でしか視認できないが、ツノもなければ長い耳もない。おそらく僕と同じ人間族だろう。
「いい体つきだ。これなら変態貴族様もさぞやお喜びになるだろうさ」
「しっかし何度見てもそそる奴隷だよなあ。バレなきゃいいんだし味見しちまおうぜ」
「馬鹿、そんなことしたら価値が下がるだろ。貴族様ってのは身綺麗な体を好まれるんだ」
「ちっ、分かってらあ」
聞くに絶えない会話だ。か弱い少女を相手に、その価値を体に見ているなんて。どいつもこいつも下衆の極みだ。
「まあまあ、落ち着きなさい」
白髪の男が話に割って入った。どうやらこの男が奴隷商の頭目のようだ。
穏やかな声だがその目は獣のように鋭い。皺の深さから齢は七十前後といったところか。
「だが、まあそうだな。傷の確認も兼ねて、商品を隅々まで調べておくとしよう。それに……羞恥を煽っておくのも一興だ」
少女がびくっと体を震わせた。
「嫌っ……」
両手を胸にあて、足を固く閉じる。泣き出しそうな顔で身を小さく丸めている。
「ほら、こっちだ!」
大男は首枷に繋がる鎖を引き絞り、力ずくで歩かせようとする。少女は身を傾けて抵抗した。
だが獣人族の男に体を抱え込まれ、無理矢理明るい場所へと引きずり出された。
「やめて、離して!」
野鳥のように高く澄んだ声。本来なら人を魅了するはずのものが、今は悲痛に歪んでいる。
壊れた教会の天窓から、まぶしいほどに溢れる月の光。その光の集まる一点に少女は立たされた。
漆黒の闇に、少女だけが照らし出される。その姿は、あどけないながらも妖艶さを匂わせる、実に可憐なものだった。
僕は一瞬で目を奪われた。
銀色に煌めく長い髪、憂いをたたえた紫の瞳。薄汚れた麻布を着せられていても、四肢から放たれる色香は少しも隠し切れていない。
姿形は人間族だが、神の子かと見紛うほどだった。人間離れしたその美貌は、世の男達を狂わせるには十分だろう。
七、八人の男達が少女を取り囲む。人間族の他に獣人族が二人、魔族らしき姿も見える。
「今からここで服を脱いでもらおう」
白髪の男が少女の顎をくいと上げる。
少女は目に涙を浮かべた。呼吸を荒げ、身を固く閉ざす。繋がれた鎖が小刻みに震え、ちりちりと音を立てている。
「やだ……嫌っ」
「嫌でもやってもらいますよ。おまえは奴隷なんだ。もう運命は変えられない。死にたくなければ命令に従うしかないのだぞ?」
白髪の男は錠を解き、少女の首枷を外す。代わりに右手でその首を絞め、そのまま宙吊りにした。
「ううっ」
顔を歪める様子を嬉々として眺め、少女が手足をばたつかせるのを待ってから解放した。
苦しそうに咳き込む少女。白髪の男は、今度は低い声で凄んだ。
「さあ、服を剥ぎ取れ。我々が見ている前で自分から裸になるんだ。もう明日から服など着せてはもらえないかもしれぬのだぞ?」
少女の目から涙が溢れた。
「早くしろ!」
大男が怒鳴りつける。ぶるぶると震え出す少女を、男達は醜悪な笑みで見つめている。
言われるがまま、ついに少女は上着を脱ぎ始めた。すすり泣きながら、震える手で。
麻布の上着が離れ、パサッと乾いた音が響く。下着は胸と腰に一枚ずつ、粗末な布が巻かれているのみ。
すぐさま白髪の男が畳み掛ける。
「ほら、下着が残っているぞ? ……まあ、ゆっくり剥いでも構わんが、それだと理性を保てなくなる男も出てくる。早くすることだ」
「やだ……やだあ」
首を大きく横に振り、少女は泣き崩れた。にやにやと下品な薄ら笑いを浮かべる男達。少女はぺたりとその場に座り込んでしまった。
「乱暴に引き裂いてもらいたいのか?」
少女は横に首を振り続ける。胸を覆う布を涙でじっとりと濡らし、アメジストの瞳を曇らせて。
そこに無情な指示が飛んだ。
「仕方ない。破り捨てて股を開かせろ!」




