邪魔しないで!〈side/ラズ〉
旦那様は「離れまでは待って」って、私を宥める。
ぷくって頬を膨らませて不満げな顔して見せたけど、次の瞬間、お姫様だっこされて――。
「えへへ♡ 私、幸せです♡」
私を抱えて走る旦那様が男らしくて、細く見えるのにその腕が逞しくて、いろんなところにキュンキュンしちゃう。行く先を見つめる真剣な眼差し、ずっと見ていられる。
――そこに嫌な気配。
岩場の辺り、切り立った崖の上。姿は見えないけど誰かいる、私を見ている。間違いない。強い敵意、私に向けられている。旦那様は気がついていない。
離れに着くと、私の体をゆっくりと椅子へと下ろしてくれた。息を切らせて一生懸命なその姿に、さらに胸が熱くなる。そして――旦那様の方からキスしてくれた。
「ん……。うれしいです♡」
私の言葉にすぐに赤くなる。もっとしていたいのに、邪魔するのは誰?
「あの、旦那様。すぐに済ませてきますので、夕飯は少し待っていてくださいますか?」
「え、もしかして捜索隊がもうここまで来たとか?」
「はい、おそらく……。でも多分、相手はひとりです」
旦那様の顔色が変わりました。私を心配してくれているようです。
「尖兵じゃないの? 後から大勢やって来るかもしれないよ?」
「いえ、今のところ気配はそのひとりだけです」
私は立ち上がり、外へと出ようとしました。すると、旦那様が後ろから私をぎゅっと抱きしめてくれて――。すごく、すごくうれしい。このまま旦那様とベッドに行けたらいいのにな。
(本当に誰なの? せっかくの良い雰囲気なのに!)
メラメラと燃える怒りの炎。さっさと片づけてここに戻って来よう。
「それでは、行ってまいります」
「絶対……無理はしないでね」
「はい、旦那様」
くるりと背を向け、私は魔法で戦闘衣を出す。といっても戦士のような鎧とかじゃない。私の場合はフリルのついたドレス。淫魔のときの普段着がそのまま私の戦闘衣。
振り返らずに玄関から外に出る。さっきより気配が強くなってる。
光の連撃が森に降りかかる。少し間を開けて、遠くから雷鳴が聞こえた。雨がぽつりぽつりと辺りを濡らし始める。気配が森の中に移動した。私を誘っているのが伝わる。
――居る。立ち枯れた大木の影に。
「そこにいるのは分かっています」
ようやく姿を現す、人型の影。稲光にちらちらと見え隠れする、黒を基調とした長衣、肩からかけられた白帯。やはり悪魔祓い――しかも腕にかなりの自信があるようです。
「さすが、と言っておきましょう、忌々しい淫魔よ。私がこの地を訪れたときから気づいていたな?」
「その淫魔相手にストーカーするなんて、そんな物好きは珍しいですから」
線は細いけど人間にしてはかなりの高身長。地が響くほど低く唸るような声。左手にロザリオ、右手には短い杖を持っている。それ以外目立った装備は見当たらない。
何より驚いたのが――。
「会いたかったぞ、淫魔ラズ=リリン」
私は彼を睨みつけた。初対面で名指しされるのは久しぶり。しかも、人間の男に。こんなこと生まれて初めて。降り出した雨の中、私は男と対峙した。
「私が誰だか分かっていてひとりで挑んでくるなんて、随分な自信家なんですね」
「お褒めに預かり光栄だ。この淫乱魔族め」
鋭い眼光からは魔族への憎悪が感じられた。
「否定はしません。でもそれは、私たちに対する侮辱になりますよ?」
「そのつもりで言ったんだがな。必要ならもう一度言おうか?」
「もう結構です……」
言って分かる相手じゃない。しかも、この男は殺気を私に向け続けている。
「祓う、なんてケチなことは言いませんよ。今日がオマエの最期だ」
「私がまだ若い淫魔だからって、ナメないで下さいね」
バッと翼を広げて見せた。男は杖を構え、ほぼ同時に黒色の火球を放ってきた。
(無詠唱魔法? この男、ただの悪魔祓いじゃない!)
ギリギリで躱し、宙を舞う。男は杖を天から地へと素早く振るう。今度は雷だ。間一髪避けて地に降り立つ。
「人間にしてはなかなかやりますね。大口叩くだけあって、見事なものです」
「ふん。こんなものはあいさつ代わりだ」
自信満々な目。本気で私を倒せると思ってる。
「そう言えば、さっきの連れの男は今夜のオマエの餌か? 貧弱そうな奴だったなあ」
「旦那様を侮辱することは許さない」
「はあ? 旦那様だ? オマエ、あんなのが好みなのか?」
「うるさい……」
激しい雷雨が打ちつける。光と音の間隔が一気に狭くなった。
「女みたいな男を犯して殺すつもりだったのか。お楽しみが無くなって残念だったな」
正確に雷鳴の合間を縫うように言葉を浴びせてくる。
「黙って! 私たちの邪魔をしないで!」




