捜索〈side/エルヴェ〉
辺境の森――昨日僕とラズがいた場所だ。
ここトリノメーアで森といえば、古都リュケイオスへと通じる森林地帯を指す。そこで魔族の襲撃があったとなれば、それはラズが精気を奪った奴隷商のこととしか思えない。
けれど、貴族が関わっていると判断された点が気にかかる。僕のことを言っているとは到底思えない。単独で流浪の身にある僕を、貴族だと断定できた人物はひとりもいなかったから。
「貴族が関わってるなんて、穏やかじゃないね」
奴隷商にはそれらしい人物はいなかった。客人だった貴族の関係者が通報するはずはないし、仮に貴族が奴隷商の撲滅を謀ったと考えてもその動機が分からない。そもそも貴族は怪しい連中との接点を悉く嫌うものだ。
「誰かが話を盛っている、とは考えられますな」
「もしそうだとしても、わざわざ話を盛る理由が分からないよ」
ボルガは僕の意見に静かに頷いた。右手で顎髭を手繰りながら話を続けた。
「捜索隊と聞いて辺境警備隊を思い浮かべたんですがね、今回はいつもと様子が違ってましてな」
「どういうことだい? まさか教会側が直々に捜索隊を組織するなんてことはないだろうし」
「……いや、そのまさかなんですよ」
「何だって?」
教会が武力を用いることは通常ありえない。ひとつの例外――悪魔祓いの派遣を要請する理由でもなければ。雰囲気を感じ取ったのか、ここでラズが口を開いた。
「狙いは私ですね」
ホットミルクに視線を落としたまま、淡々と。ボルガは手を止めてうつむいた。
「……おそらくは、な」
「彼らは淫魔の仕業だと分かっていると思います。悪魔討伐を名目にどこかの貴族が教会に依頼したと考えるのが自然です。人間に犠牲者が出たといえば捜索や討伐の許可は得やすいでしょうし」
「ラズ、ちょっと待ってよ。それが本当だとしても、いくら何でも対応が早すぎると思わない?」
奴隷商の死体を発見したのが貴族にしても辺境警備隊にしても、まだ一日も経っていない。今の段階でここまで話が進んでいること自体異様だ。
「事前に私の動きを監視していた人物がいるのかもしれません」
「だとしたら辻褄は合うけどさ、それなら現場で接触して来ていてもおかしくなかったよね?」
「多分、あの場に旦那様が居たからではないでしょうか」
確かにラズの言う通りかもしれない。悪魔祓いをするにも僕が人質に取られでもしたら、事態は面倒なことになる。別の機会を窺うことは十分にありえそうだ。
「彼らの狙いが私なら話は早いです。旦那様は先ほどの隠れ家で待機していてください」
「もしかしてラズひとりで対処するつもり?」
「はい。全ては私が原因ですから」
相手は悪魔祓いの可能性が高い。迎え撃つとなるとラズも無事では済まないかもしれない。飲み込んだ唾がひどく苦く感じた。
身を固くした僕に、ラズはおどけるように言った。
「心配ご無用です、旦那様。私、結構強いんですよ? どんな相手でも、まだ一度も負けたことがないんですから」
彼女は僕に嘘をつかないと言っていた。今もそうだと思うし、信用だってしている。ただ僕は不安なだけなんだと思う。
「何か手伝えないかな……」
僕はわがままだ。自分は役に立てそうにないって分かっているくせに、彼女には傷ついてほしくなくて、気持ちだけは認めてもらおうとしている。僕は彼女に甘えているんだ。
「それじゃあ……」
人差し指を唇に当てて、ラズは顔を覗き込んできた。男心をくすぐる仕草。狙ってやっているのか、それとも自然なのか。生まれながらのサキュバスの素質なのかもしれないけれど、ラズが僕だけに見せる素顔であってほしいと願ってしまっている。
「何でも言ってよ」
「ああ~。何でもって言いましたね?」
姿は人間のままだけど、声は淫魔のときみたいに甘い。もしかして――。
「ん?」
「はむっ……ちゅっ」
(待って待って! ボルガが見てる前だってば!)
抱き着いて唇を重ねてくるラズ。柔らかくていい香りで、一瞬で思考が持っていかれる。想像はできたけど、案の定サキュバスの姿になっている。
「すみませんがね、おふたりさん。ここでは遠慮してもらえますかい?」
ボルガの呆れ声。慌ててラズの肩を抱いて少しだけ引き離す。
「旦那様ぁ~♡ もっとぉ~♡」
「ごめんちょっと待ってラズ。あの、ボルガいろいろありがとう!」
「お安い御用ですよ。そこの包みに夕飯が入ってるんで持って行ってくだされ」
「本当にありがとう! お礼は必ずするから」
そう言って包みを携え、しがみつくラズといっしょにそそくさと家を出た。
空模様はさらに悪くなっていた。土の湿った匂いに、大きく揺れる木々の葉音。雨はすぐそばまで来ているのが分かった。とろんとした目で見つめてくるラズを宥めながら離れへと走る。
幸い目撃者はいない――そう思っていたけれど。




