身寄り
「えっ?」
振り向いたらすぐ傍にラズがいた。胸と腰に粗末な布地の下着を着けている。
「わあ! か、彼女は……」
「まあ何となく察しはつきますがね……。お優しいぼっちゃんのことだ、身よりのない子を引き取った、といったところですかい?」
「う、うん。そんなとこ」
奴隷商から助けた少女が淫魔と吸血鬼の混血で、えらく淫らで、完璧になつかれました――なんて言えるはずがない。
「まあ、とにかく中へ入りなされ。すぐに何か着るものを用意しますよ」
「ありがとう。助かるよボルガ」
突然の訪問に――しかも早朝だというのに、全く動じることなく僕らを受け入れてくれる。
昔から彼はそうだった。来る者を拒まず、去る者は追わない。表情は乏しいけれど、性根はとことん優しい。父上と母上も、彼には特別の信頼を寄せていたっけな。
僕らは居間に招かれ、並んで椅子に座った。側にある暖炉から、炊かれたばかりとおぼしき薪がパチパチと鳴っている。間もなくボルガが服を手にして戻ってきた。
「こんなものしかありませんが」
「十分だよ」
僕はローブを受け取りラズに着せた。ラズは恭しくお辞儀をして言った。
「ボルガさん、ありがとうございます。突然お邪魔してしまったのに……」
「構わんさ」
言葉を交わすと、ボルガはしばらくラズを見つめていた。自然と無言になっていた。薪の弾ける音だけが部屋に響いている。
それから僕の方に視線を移し、突然ドキッとすることを言う。
「このお嬢ちゃんは、魔族ですかい?」
穏やかな口調だった。低い声だが、威圧感は全くなかった。家族がさりげなく話題を振るような、そんな雰囲気だった。
「お察しの通りです」
ラズは答えた。僕に向いていた視線をボルガに映し、真っ直ぐ目を合わせて。
「ボルガ……どうしてそれを?」
僕が不思議そうに聞くと「魔石ですよ」と彼は言った。見ると、魔石がほんのりと光っていた。
「うまく人間の姿を保っているが、魔石が反応するくらいだ、かなりの魔力を持っているのでしょう」
そう言って腕を組み、ボルガは目を伏せた。ラズは両手を胸にあて、同じように目を閉じた。
「以前はこんなことなかったんです。でも、エルヴェ様に出会ってから、完璧に抑えることはできなくなってしまって……」
「そうか……」
僕は黙って聞いていることしかできなかった。駆け引きのようなものを感じていた。
「疑うわけではないが、ぼっちゃんと行動を共にする目的は何だい?」
「それなら簡単です。私は一生エルヴェ様の……旦那様のものになりたいからです」
瞬間、ボルガが目を丸くした。動揺する彼の姿を僕は初めて見た。
「だ、旦那様だぁ? するってえと、ぼっちゃんまさか……このお嬢ちゃんは婚約者ですかい?」
「ち、違う、ボルガ。誤解してるよ!」
僕は咄嗟に否定したけど、ラズはとんでもないことを言い出した。
「私がエルヴェ様の婚約者だなんて、あまりにも畏れ多きこと。私はエルヴェ様の使い魔、もしくは奴隷です」
「何だって? ぼっちゃん、本当ですかい?」
「違う違う、断じて違うよ! えっと……そう、僕らは旅仲間なんだ」
そう言った途端、ラズは僕の顔を覗き込んだ。ちょっと怒っているように見えた。
「旦那様、貴方様と私が同等な立場だなんて、そんなことあり得ません。エルヴェ様は高貴なお方。私は側仕えをさせていただけるだけでも光栄に思っております」
ボルガはぽかんと口を開けて僕を見る。僕も同じ顔になっている。もはや誤魔化しがきかなそうな雰囲気だ。
(どう説明したらいいんだ……)
ラズは構わず続けた。
「何があっても私は旦那様を裏切りません。もしその御身に危険が及べば、私は命をかけてお守り致します。それにお望みとあれば、旦那様にご満足いただくまで夜伽のお役目も務めさせていただきます」
(夜伽って……ちょっと待ってくれっ!)
「ぼ……ぼっちゃん?」
僕はボルガの顔をまともに見られなくなった。これじゃラズを奴隷化していると勘違いされてもおかしくない。何より人格を疑われかねない状況だ。
「本当に誤解なんだボルガ。僕がそんなことを彼女にするわけないだろう?」
それを聞いたボルガは少し落ち着きを取り戻したように見えた。でもラズが――。




