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10話

 


「金も入ったことだし、みんなで美味い飯でも食おうじゃないか」


 金貨で重くなった革袋を手の平で遊ばせながら、上機嫌に高比良たかひら 紫苑しおんは言った。


「いいんですか?」


 カナタが嬉しそうに言う。


「もちろんだ。デヨンにも奢ってやるぞ」


 街の案内を頼んでいる赤毛の少年に言う。


「俺も?いいの?」


「いい店に案内してくれよ?」


「もちろん。実はこの近所に一度行ってみたかった飯屋があるんだよ、この時間なら空いていると思うからそこに行こうぜ」


 小さく飛び跳ねながら嬉しそうに言う姿は元気のいい少年と言った感じだ。


「高そうな店だけど大金持ちのシオンさんなら大丈夫でしょ?」


「ちょっと待ってよ、僕達はテーブルマナーとか分からないよ」


 カナタの言葉にサクヤも不安そうに頷く。


「マナーなんて気にしなくても大丈夫だろ?俺たちは金を払うお客様なんだぜ?」


「心配だよ」


「そんなの気にすること無いって。シオンさんもそう思わない?」


「確かにそうだな。店の中で騒いだりしなければ大丈夫だろう。他人がどう食べているかなど意外と誰も気にしていないものだ」


「ほらね!それじゃあ行こうよ!」




 ◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆



 髪の毛を整髪料でガチガチに固めたウエイターが笑顔で言った。


「本日のお勧めはBコースでございます。こちらの方のメインはビッグシマシマグリーンワームのソテーが付きます」


 紫苑の眉に皺が寄った。


「それじゃあAコースにするかな」


「そちらの方にはビッグシマシマグリーンワームはスープにしか入っていませんがよろしいでしょうか?」


 皺がさらに深くなる。


「スープにも入っているのか」


「もちろんです。非常に良い出汁が出ますので当店の人気メニューでございます」


「それではコースは止めだ。単品のパスタにしてくれ」


「単品でございますか?」


「そうだ」


「コースの方がお得となっておりますが、単品のパスタでよろしいのですか?」


「くどい」


 空気が張り詰めた。


「失礼いたしました。それでしたらこちらのページに………」


 不満そうな顔をしながらウエイターは去っていった。


「うしてコース料理を断ったんですか?ウエイターがなんか変な顔をしてたよ」


「シオンさんはビッグシマシマグリーンワームが苦手なんだよ」


 カナタとデヨンがヒソヒソ声で話す。


「そうなの?あれ苦手な人っているんだ、めっちゃ美味しいから誰でも好きだと思ってた」


「とりあえずパスタを単品で頼んで、後から肉料理とかを単品で注文しよう。それならいいだろ?」


「良かったー、パスタ以外も食べていいんだ」


「もちろんだ、せっかく来たんだから美味いものを食って帰ろう」


「それじゃあ何にしようかな………」


「10皿くらい頼んでもいい?」


 サクヤが聞く。


「もちろんだ。遠慮せずに好きなものを好きなだけ頼めばいい。ただしビッグシマシマグリーンワームは無しだ」


「わかりました」


 嬉しそうにサクヤが頷いたのでカナタも嬉しくなった。


 ずっと一緒にいて知らなかったのだけど、サクヤはずいぶんとたくさんご飯を食べる人だった。それを知れたのもシオンさんと出会ったおかげだと思う。



 そうして真っ白な布がかけられた丸テーブルで4人がメニューを悩んでいる時、オールバックで口髭を生やしたウエイターが、背筋を伸ばしてやってきた。


「お客様、メニューはお決まりでしょうか?」


 立ち止まって笑顔で言う。


「いまこうしてメニューを広げて読んでいるのに、お前には決まっているように見えるのか?」


 紫苑の言葉にカナタの心臓が跳ね上がった。


「私共の店では皆さんコース料理を召し上がります。ですので何かお困りではないかと思い声を掛けさせていただきました」


 駄目だ。


 カナタは思う。なぜだかは分からないけど今のシオンさんはとても不機嫌だ。もしかしたら最初に来たウエイターの態度が気に入らなかったのかもしれない。


 それなのにさらに怒らせるようなことを言っては駄目。いまは親しく話すことが出来ているが、それでもカナタはあの時の光景を忘れてはいない。


 魔王として召喚された紫苑が、「時のマハデヴィー教」の信者たちを爆発と炎で一瞬で骸と化させたあの光景を。


「こうしてメニューがある以上は何を頼もうとも俺の勝手だ」


「もちろんでございます」


 口髭のウエイターは引き下がらない。


 一体どういう感覚をしているのだろうと思う。たとえ何も知らなくてもシオンさんが放つオーラは震えるくらいの力を持っている。サクヤもデヨンもそれを感じ取っているのは表情で分かる。


「けれど私共の店はパスタ屋ではございませんのでそれを御理解していただきたいのです。コース料理がお気に召さないのならせめてワインくらいはご注文いただきたいものです」


「そうかそうか………それなら今すぐにワインを持ってきてくれ」


「承知いたしました」


 ウエイターが手を叩くと最初のウエイターがワインを持って現れた。


「こちら当店自慢の赤ワインでございましてーーー」


 カナタは見た。


 紫苑が口髭ウエイターの足を払う瞬間を。


「はっ」


 息をのむ声がした後に床に叩きつけられたウエイター。


「一体何を………」


 信じられないものを見るような顔をして仁王立ちしている紫苑を見る。


「それほど素晴らしいワイン、是非ともお前に飲んでほしくてな」


 いつの間にか奪い取っていたワインの瓶を逆さにして倒れている口髭ウエイターの口に突っ込んだ。


「ぼごぼぼぼごぉおおお!」


 口の中全てが赤ワインで満たされ排水溝のような音を立てながら暴れるが、紫苑は微動だにせずにワインを流し込み続ける。


「フロワンヌさんを助けろ!」


 誰かが叫んだ。


「そいつらを近づけさせるな!」


 紫苑が叫んだ。



 そこからは店の奥から続々出てきた者たちとカナタ、サクヤ、デオンとの争いが始まって、とても優雅に食事を楽しむような場所では無くなった。


 しかしながら店の中にいた客のほとんどは、面白い見世物が見れたと満足して帰ることとなった。


 そしてこれが高比良たかひら 紫苑しおんがこの街で引き起こした騒動の最初の一つ目であった。





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