チャプター25
〜職人通り 入り口〜
「それじゃ、今日は帰るね。残りの金貨が届いたら、教えてね」
「ん、わかった。本当、いろいろありがとね。今回の依頼、エルちゃんがいなかったら絶対終わらなかったよ」
職人通りの入り口で、二人は別れの挨拶を交わしていた。本当ならもっと手前で別れた方が近いのだが、疲労困憊のフォルクローレを置いて城の前で別れるのは危険だと判断し、とりあえずここまでは一緒に帰ってきた。
重たそうな麻袋をいくつも載せた台車を曳いている様子はとても目立ったが、それでも素材採取の折には毎度似たような台車を曳いているので、フォルクローレ自身は慣れっこだった。しれに、ここまでくれば今度は誰も気にしない。この温度差が、職人通りという一角を彩っている。
「ま、これでも食堂のお姉さんですからね。一人暮らしも長いし、食事面と生活面でのサポートには、貢献できたと思うよ。だけど、実際にアイテムを作ったのはフォルちゃん自身だからね? そこは自信を持って」
「そんな風に言ってくれるなんて、うぅ、嬉しいよ!」
わざとらしく泣き声を作りながら、勢い良く抱きつく。一瞬戸惑うエルリッヒだったが、すぐに抱き返す。温かく、柔らかい。これが人間の温かさなのだ。
「ほら、みんな見てるぞ? それに、少しわざとらしい。私にとってフォルちゃんはこの街でできた大事な友達なんだから、全力で手伝うのは当然でしょ? それに、お礼だってちゃんともらうんだから、気にしない気にしない」
「そりゃそうだけど〜」
しっかと抱きついているフォルクローレの頭を優しく撫でる。王様からの依頼という大任を果たしたのだ、その安堵もひとしおというものだろう。これが母の気持ちというものだろうかと考えながら、気が済むまでそのままにさせた。
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「ありがとね。もう大丈夫、アトリエまで帰れるよ」
「そっか。じゃあ、今度こそお別れだからね。って、なんか今生の別れみたいだねこれじゃ。そんなんじゃないけどさ、生活には気をつけてよね? 会いに行ったらアトリエで干からびてるとか、シャレにならないんだから」
今度は頭をポンポンと二度、優しく叩き、フォルクローレから離れた。そして王からもらった金貨1,000枚の入った袋を手にすると、「竜の紅玉亭」に向かって歩き始めた。
「さて、あたしも帰りますかな」
少しだけエルリッヒの後ろ姿を見送っていたフォルクローレも、重たい台車を曳きながらアトリエへと帰って行った。
〜竜の紅玉亭〜
「ただいま〜」
誰もいないお店へと帰ってきたエルリッヒ。まだ日が高いので、よろい戸を開け、窓を開け放つ。暖かな日差しと風が吹き込んでくる。やはり、空気が入れ替わるのは心地いい。
とりあえず掃除は明日でもいいか。まずは着替えて一休みしたい。麻袋を手に、部屋へと上がっていく。
「しまった! 着替えを持って帰るの忘れてた! 明日、アトリエに行かなきゃだ……」
階段を登りながら、そんなことを思い出す。さっきまでは、無事にお披露目が終わったことを喜ぶばかりで、他のことには頭が回らなかった。
「フォルちゃんのことだから、気を利かせて洗ったり持ってきてくれたりするようなことはないだろうしなー」
そこまで考えて、残してきた着替えをフォルクローレに洗われるというのはとても恥ずかしいのでそのままで十分だとと思い直す。泊まり込んでいる間、フォルクローレの衣服は一緒に洗っていたが、もしかしたらフォルクローレも恥ずかしかったのかもしれない。まるで気にしていない素振りだったが、真意までは見えないものだ。
「……訊くのも野暮だし、とりあえず明日着替えを取りに行くだけでいいや」
トントンと階段を登りきると、テーブルの上に麻袋を置く。金属の詰まった重たい音がする。金貨1,000枚など、普段お目にかかれない金額だ。これだけあれば、ここしばらくの休業など何でもない。もちろん、それで客足が遠のこうものなら、金額以上に大きな損失を出すことになってしまうのだが。
今は考えても仕方ない。明日からの営業で取り戻せばいいだけだ。
「はぁ〜、なんだかんだ疲れたなぁ」
クローゼットからパジャマを取り出すと、手早く着替える。まだ日は高いが、なんとなくこれ以上何かをする気にはなれなかった。そのままベッドに潜り込み、その日は眠りについた。
あれこれと思うことは多かったが、考えることすら押し流すように、とこに入った途端に睡魔は襲ってきた。これが、疲労困憊というものなのだろう。きっと、フォルクローレも同じに違いない。
〜翌日〜
お昼の営業が終わると、食事もそこそこにアトリエへ向かった。職人通りはコッペパン通りからは対角上にあり、意外と遠い。夜の仕込みもしなければならないことを考えると、律儀に昼食を作っている時間はなさそうだった。
途中、露店でサンドイッチを買い、少し行儀は悪かったが、簡単に昼食を済ませた。普段、街にいるときには極力自分が作ったものを食べるようにしているので、なかなかない経験だ。
「ん、これは手軽で美味しいな。うちでも出してみるかな」
手をかけるばかりが愛情ではない。簡単なものにだって想いは込められる。そんなことを考えつつ歩いていると、そこはもう職人通りだった。ここももう、何度通ったか知れない。
フォルクローレのアトリエにたどり着くと、外から声をかけた。
「フォルちゃーん、いる〜?」
ここまで来て不在というのも困るのだが、まずは軽くドアをノックして様子を伺う。
「……返事がない。無人?」
少し待っても反応がないため、物は試しと目を閉じて気配を読んでみるが、気配も感じられない。まさか昨日の今日で素材の採取に赴いているとも思えない。もしかしたら、倒れているのではなかろうか。だとしたら一大事だ。
「フォルちゃん、ごめん!」
窓は閉まっており、入れるのはここだけだ。ドアの鍵を壊して入ろうと、力を込めたその刹那。
「わっ! なんだ、エルちゃんか! びっくりしたー」
まるでドアがひとりでに開いたかのように、ぴったりのタイミングでフォルクローレが出てきた。
「びっくりしたのはこっちだよー、呼んでも出てこないし物音もしないんだから。また倒れてるんじゃないかと思って」
「あ、あぁ〜、似たようなもの、かな。昨日帰ってきてからの記憶がほとんどなくてさ〜。ずっと寝てた! で、どうしたの? 昨日の今日で、何かあった?」
とりあえず体調を壊したわけではないらしく、胸を撫で下ろす。それどころか、やはり昨日の自分と同じだったとわかると、つい嬉しくなる。まずは中に入れてもらうと、手短に用件を伝えた。フォルクローレが昨日何もしていなければ、着替えはおそらく寝室だろう。アトリエを抜けて階段を上り、寝室に入る。すると、案の定そこは昨日エルリッヒが出た時の様子がそのまま残っていた。
毎日片付けはしていたので、まだ散らかっていないのが嬉しい。早速散らかっていたのでは、なんだか悲しくなる。
「あったあった。これこれ〜」
こちらも見慣れた自分の荷物を見つけると、それらを手にアトリエに戻る。やはり、自分の着替えは自分で洗いたいと思うのであった。
「着替え、あった?」
「あったもなにも、昨日のままだったよ。この後仕込みがあるから今日は帰るけど、いいかな」
なんとなく名残惜しい気もするが、ここで話に花を咲かせている時間はない。フォルクローレのニコニコとした様子は、後ろ髪を引かれなくてよかった。
「ん、特に何もないと思うよ。あったらまた訪ねるから」
「わかった。じゃあ今日はこれで。またね!」
そうして着替えを手に、再び店へと戻って行った。変わらない日常が、戻ってきたのだ。
〜つづく〜




