チャプター24
〜王城 控えの間〜
控えの間に戻り、ドアが閉まるのを確認すると、フォルクローレは諸手を挙げて叫んだ。
「やったーーー!!」
室内に誰か他にいるかもしれないのに、その確認すらしないままに飛び跳ねる。
「上手くいったよ〜!! 王様興味を示してくれたし、説明にも納得してくれたし、報奨金までもらえるぞ〜!!」
子供のように無邪気な姿に、エルリッヒは穏やかな笑みを向ける。あぁ、なんと可愛いんだろう。報酬のことは生活もかかっているので見逃せないが、それ以上に、この笑顔が見たくて手伝ったんだと実感する。まるで姉や母のような気持ちで、思い切り抱きしめて頭を撫でてやりたくなる。
今、実際にそんなことをしたら怒るだろうか。それとも、素直に抱きしめられて、撫でられてくれるだろうか。今にも飛びつきたい衝動を抑えるのが大変だった。
「ふふ、よかったね」
「うん! まさか、こんなに上手くいくとは思わなかったよー。あたしもあんなにするっと説明できるとは思わなかったし。でも、おかげでとってもいい結果になったよ。ありがとね、エルちゃん!」
最高の笑顔をプレゼントしながら、先ほどは緊張で堪能するどころではなかったソファに座る。どこまでも沈んでいきそうなクッションも、あまりに緻密できらびやかな刺繍も、今なら心安らかに堪能できる。
思わぬ贈り物に心臓が止まりそうになったエルリッヒも、フォルクローレの隣に座る。座りついでに、フォルクローレの頭をくしゃくしゃと撫でてから。
「っ、エルちゃん?」
「なーんか、可愛いなーって思って。本当、私も一安心だよ。あぁでも、報奨金だけは期待しすぎないほうがいいかも。あの大臣、かなりおかんむりみたいだったからね」
もともとそういうつもりだったのか、大臣の様子に意見を翻したのかはわからないが、国庫からではなく私財から支払うと言っているのに、その様子は変わらなかった。王家の私財といえど出処は税金であるため、それを気にしているのかもしれないし、もっと別の理由があるのかもしれない。だが、あの様子では、今頃大臣によって説得されていても無理はなかった。
「うえ〜、報奨金減額か〜」
「それどころか、全額カットかも。そもそも、金貨10000枚なんて金額が高額すぎたんだよ。なかったものと思うのが良さそうだね。あの鉱石は無事に買い取ってくれそうだしさ、それで十分じゃない」
元からなかったものと思えば、減額されようとカットされようとショックは少ない。そう考えるのが一番心穏やかで入られた。それほどまでに、あぶく銭というのは入手すら危うい存在なのだ。
「そもそも、もらえるにしてもどういう形でもらえるのかも聞いてなかったよね、私たち」
「そうだった! あの場でもらっておけばよかったー!」
王の前でそうそう図々しいことは言えないが、あの場で請求していれば、少なくとももらい損ねることはなかった。金額の多寡は出てくるだろうが、直々に金貨を払い渡すとなれば、王としての体面も保たれる。良いことずくめだったのではなかろうか。
「ねー、どうせもらうんだったら、宝箱に入れて欲しいよね」
「えぇっ? 宝箱? おとぎ話みたいな? うーん、確かに面白そうだけど……フォルちゃん、面白いこと考えるね。私はてっきり、トレイに山積みになった金貨を想像しちゃったよ。でも、うん、そうだね。宝箱の中にじゃらじゃら入ってる方がワクワクするね」
それはまるで、本当におとぎ話に出てくる英雄の旅立ちの場面のようではないか。きっと、かの勇者もそのようにして旅立ったに違いない。英雄志願でもなんでもないが、これには確かに胸躍るものがあった。これが、フォルクローレの発想力なのである。
「どうせもらえるなら、ていうの、案外大事だと思うんだ。エルちゃんが賛同してくれて嬉しいよ」
「あははー、まあねー。思い描いてみたらって感じだけどね」
一通りのミッションをこなして肩の荷が下りた二人、他愛のない話に花が咲く。今が待たされている身であることも、ここが王城であることもすっかり忘れて話し込んでいた。
そうして、日が傾き始めた頃、ドアを叩く硬質な音が響いた。
『錬金術士フォルクローレとその友人エルリッヒはおるか。出てまいれ』
ドア越しに響いたその声は、先程聞いた大臣のものだった。大臣直々に呼び出しとは恐れ入る。しかし、呼び出されたということは、王に対する説教が終わった、ということの証でもある。果たして、報奨金はもらえるのか、それとも減額されているのか。期待を裏切られないためとはいえこのような発想をするのは若干悲しくもあったが、二人は呼び出しに応え、重たい扉を開けた。扉の向こうにいたのは、思った通り大臣と、その背後に控える5人の騎士たち。彼らが着ていたのは、見慣れた親衛隊の青い鎧や衛兵の身にまとう簡素な鎧ではなく、城内勤務の騎士たちが身にまとう鉄製だがしっかりとした作りの鎧だった。見慣れない騎士たちに囲まれると、どうしても緊張してしまう。
「おお、まだおったか。何、そのように緊張せずともよい。わしはこれでもこの国では要人ゆえな、物々しい護衛が付いておるが、危害を加えたり投獄したりということではないので安心されよ。それよりも、先ほど話しておった報奨金の件だ。報奨金をこれへ」
「はっ」
大臣が命じると、騎士たちが金貨の入った麻袋を抱えて前に出てきた。おそらく城内で台車を使うわけにはいかなかったのだろう。しかし、5人の騎士でも持ちきれていないのか代わる代わる二人の前に置いていく。一体何枚なのだろうか。まさか、本当に……??
「あの、大臣様、これって何枚あるんですか?」
「何枚、だと? 先程陛下がおっしゃっておられたではないか。10000枚だ、10000枚。まったく、陛下の思いつきにも困ったものだ。これだけの枚数の金貨、用意はもちろん運ぶだけでも一苦労ではないか。陛下にはきつくお叱り申し上げておいたが、言い出したら聞かぬ性分ゆえな。王家の私費とはいえ、そなたらが払っておる税金から拠出されておることに変わりはない。大切に使うのだぞ。それと、一応中を確認されるがよい。形式的なものではあるがな」
ほとほと疲れたと言った様子で中身の確認を促してくれた。黙って王の決定に従うこともできず、かといって反対を押し切ることもできず、苦労しているのだろう。国政の場ではないからこそ、押し切れなかったのかもしれない。
「は、はぁ……」
そんな大臣の様子に若干の同情を覚えつつも、二人は麻袋の口を緩めていく。中には、本当に輝かんばかりの金貨が詰まっていた。十袋に分けられているとはいえ、枚数など確認できようもなかった。あぶく銭のようなものなので、枚数が多少少なくても構わない。それよりも、滅多にお目にかかれない金貨そのものに感動してしまう二人なのであった。
「確かに確認んさせてもらいました。あの、でも……」
「なんだ?」
こういう大事は普通玉座の間で王が自らくれるものではないのか。こんな、控えの間の眼の前で払い渡すものなのだろうか。通路を行き交う貴族や騎士、それに女中たちが怪訝そうな目でこちらを見ている。思い描いていた「報奨金支払いの場面」とはかけ離れた状況に、疑問が浮かぶのは当然だった。
しかし、大臣の言葉はあまりにも素っ気なかった。
「陛下はご多忙であらせられる。そのような用件でわざわざ玉座の間へ通すわけがなかろう」
「はぁ、そういうものですか」
なんとなく釈然としなかったが、これはこれで仕方ない。今はただ、満額回答を喜ぼうではないか。
「さて、それではこれを持ち帰るがよい。と言いたいところだが、そなたらには到底運べる量ではなかろう。後で使いの者を寄越すゆえ、待っておるが良い」
「あ、ありがとうございます」
「それじゃあ、袋三つ分だけ先に持ち帰らせていただきますね。その方が、運ばれる方も楽でしょうし。フォルちゃん、一個持ってね」
エルリッヒは金貨のぶつかる音のする麻袋をひょいと持ち上げると、フォルクローレに手渡した。
「おおぅっ! 重いじゃーん!」
「そりゃそうだよ。金貨1000枚が入ってるはずなんだから。それじゃあ大臣様、残りはフォルちゃんのアトリエで受け取らせていただきますので、例の鉱石の買い取りの話と併せて、待ってますので。くれぐれも、よろしくお願いしますね。では」
軽やかに念押しをすると、左右の手にそれぞれ麻袋を持ち、フォルクローレとともに城門に向かって歩き始めた。乙女の細腕が、先ほどの言葉にも負けないほどの軽やかさで麻袋を持っている。それがどれだけ重たかったかは、護衛の騎士5人はもちろん、大臣もよくわかっていた。
眼の前で起こっている異様な光景に、6人がそれぞれ我が目を疑う。
「待たれよ」
あまりのことに、思わず大臣が呼び止めた。
「ん、なんですか?」
麻袋の重さに手一杯のフォルクローレは足を止めただけだったが、エルリッヒは呼びかけに応えて振り返った。その表情からは、麻袋の重さは伝わってこない。
「娘、エルリッヒと言ったか。そなた、何者なのだ。なぜこの麻袋をそのように軽々と……」
「なぁんだ、そんなことですか。私、料理人ですから。スープの入ったお鍋の方が、よっぽど重たいですよ」
それだけを言い、再び歩き始めた。後に残されたのは、あまりの回答に開いた口がふさがらない大臣と、兜の下で同じように大口を開けて唖然としている、5人の騎士たち。彼らの記憶に、柔らかくなびく赤毛が鮮烈に刻み込まれた瞬間だった。
〜つづく〜




