チャプター21
〜王城 待合室〜
高い天井、自分の姿が映り込むほど綺麗に磨き上げられた床と、とても美しい絨毯に椅子やテーブルなどの調度品、そして大人三人分はあろうかという分厚いカーテン。待合室とは言うものの、ここだけでも舞踏会が開けそうなほど広く、庶民には萎縮してしまう。
そこに、周期的な足音が響く。フォルクローレだ。無事城内に入った二人だったが、アポイントのある訪問ではなかったため、政務の合間に時間を作るということで、それまでここで待つよう指示されていた。
「ちょっと〜、フォルちゃ〜ん? 落ち着きなよ〜」
「だって〜、王様に会うんだよ? 緊張するなって方が無理だよ〜」
エルリッヒは緊張することなく椅子に座って待っていた。幾度か会って慣れていたということもあるし、やましいことがないというのもあるし、何より、何があっても身に危険が及ばないということをわかっていた。いかに親衛隊といえど、エルリッヒに傷をつけるのは容易ではない。
「そうは言ってもさー、こないだ会ってるんでしょ? だったら……」
「エルちゃんは本当肝が据わってるよねー。普通さあ、王様なんていったら何回会っても緊張するもんじゃん。ていうか、なんでエルちゃんは平気なの? 王様だよ? 相手」
なんでと言われてもどうしようもないのだが、平気なものは平気なのである。もう、初めての頃の気持ちがどうだったかすら思い出せない。
「まー、ツァイネでもいれば安心できたんだけどねー」
「そうだよー、ツァイネは元親衛隊じゃん。あ〜、でもな〜、言うだけ無駄なやつだよね〜。いないもんはいないんだし、しょうがないんだよね〜」
冗談交じりにため息をついてから、エルリッヒの隣に座った。その椅子の座り心地に、思わず言葉を失う。
「作戦成功。話をするだけで、気が紛れるでしょ?」
「あっ、そういうこと。感謝すべき?」
そんな大げさなことではないと、笑って辞退する。しかし、いつまで待たせるのだろうか。いくら王様が多忙だからといっても、ただじっと夕方までここで過ごすのは、正直言って歓迎できない。
きらびやかな調度品や遠い壁、高い天井を見るともなしに見つめながら、足をぶらぶらとさせていた。
「んー、いつまで待たせるんだろうね、これ。王様が多忙なのはわかるんだけど、1日ここで過ごすのはやだよね」
「あ、あたしはさっさと終わらせて帰りたい! もちろん、王様に喜んでもらって、それで報酬をもらって!」
緊張している割にはしっかりとした意志を見せている。そうなのだ、やるからには依頼を完遂させるつもりで取り組んできたし、フォルクローレなりに考えて、納得のいくものを作成した上で今ここにいるのだ。頭の片隅には、無理やりお店を休んでもらって手伝わせたエルリッヒへのお礼のことがないではなかったが、何より、王様が納得してくれることが一番だった。そもそも、フォルクローレに名誉欲は薄く、日々の生活が成り立って、素材や機材を購入したり、少しの蓄えをしたりできるだけの稼ぎが得られればそれでいいのだ。
錬金術士としては自己の研鑽も永遠の課題になるため、日々いろいろな依頼を受けている理由の半分は、これである。今作れるアイテムをより早く、より確実に、そしてより高品質に作れるようになれば、それは次なるより高度なアイテムの作成に必要な下地になる。錬金術士とは、その繰り返しなのだ。
そして、そのための便利屋生活なのだ。
と言っても、最低限の依頼を受けるためにも、多少の知名度は必要だった。今回の件も、相手が王様ということはあるが、あくまでもその一環だった。
「大丈夫だよ。あれだけ頑張ってたんだもん。私が証明するよ」
「ありがとー。エルちゃんに手伝ってもらったおかげでもあるけどねー」
確かに、森での戦闘に荷物持ち、疲労で倒れた時の介抱から最後の泊まり込みまで、色々と手伝いはしたが、それでも功績そのものはフォルクローレ自身の頑張りによるものだ。それは疑いようのないことだし、何かあったら王様に訴えよう。そんな風に思っていた。
「そういえば、このままお昼になっちゃったらどうしよう。お城の食堂は使わせてもらえるのかな。兵士やメイドさんの食べてるものと貴族の人たちが食べてるものって、当然違うよね。できればどっちも味わいたいな〜」
「エルちゃん、それ職業病? 本当に料理が好きなんだね。でも、あたしもそれは気になるかも。お城勤めをしてる以上、最低限まともな食事は支給されてるだろうけどさ、それがどんなもんかは気になるし、まして貴族だなんて、きっと豪勢な食事が出るんだろうね〜。っとと、考えたらお腹がすいてくるよ。この話はここまでにしよう。あ〜、待ちくたびれた〜。早く呼んでくれ〜! 爆破するぞ〜!」
さっきまでの緊張も何処へやら、いつしか、待たされることの苦痛が上回っていた。つい、物々しい言葉が口をついてです。別に、爆弾を所持しているわけではないのだが。
ひとしきり叫んで気を紛らわせた時、入り口のドアが物々しく開いた。
「来た!」
「錬金術士フォルクローレと友人エルリッヒ、国王陛下がお会いになる。付いて来るように」
青い衣に身を包んだ役人が、表情のない声で二人を呼びつける。ようやくの呼び出しに喜びつつ、爆破したいという危険な冗談が聞かれなくてよかったと胸を撫で下ろした。いくら丸腰で、いくら冗談でも、このような一言が聞かれようものなら罪人のそしりは免れない。
二人は先ほどまでの我慢を務めて出さないようにしながら、役人の後をついて歩いた。どこをどう行けば玉座の間にたどり着くかは十分把握していたが、決してこの役人の前に出てはならないのだ。
「……」
「……」
そして、場内を移動する間、会話をしてもならないのだ。全ての無駄話が、どんな危険を生むかわからない。
「…………」
「…………」
回廊を幾つか曲がり、一番正面にある一番大きな階段を登ると、そこが玉座の間だ。エルリッヒにとっては何度目かの玉座の間でも、フォルクローレにとっては緊張する場所だ。エルリッヒの肘を小さくつかんだ手が、震えていた。
「大丈夫だから。何かあったらちゃんと守るから」
役人に気づかれないよう囁く。ちゃんと聞こえたのか、少しだけフォルクローレの震えが治まったような気がした。一安心だ。
「さあ、この扉の向こうが玉座の間だ。粗相のないようにな」
扉の前まで来て、注意が入る。この役人は、エルリッヒが何度もここにきていることは知らないらしい。国王は多少のことは粗相とは見ないだろうし、向こうも気安い相手と認識してくれるだろう。だが、フォルクローレの手前そこまで気楽に構えたりはしない。
「大丈夫。フォルちゃんも会ったことあるんでしょ? だったら大丈夫。さ、行くよ」
「う、うん」
静まり返った控えの間で、唾を飲み込む大きな音がする。フォルクローレのものだ。緊張が伺い知れるが、その緊張をぐっと飲み込んだようでもあった。
「もう良いか? かいもーん! かいもーん!」
号令とともに、扉がゆっくりと開いていく。次第に、扉の隙間から一条の光が差し込む。眩しさに目を細めながら、二人は役人の後をついて玉座の間に入っていった。
「陛下。お待たせいたしました。謁見を願い出ていた娘二人、お召しによりつれてまいりました」
そこまで伝えると、役人は高い足音を響かせて去って行った。フォルクローレの胸に、またしても不安が戻ってくる。このままではダメだ。エルリッヒは一歩後ろに下がって、フォルクローレの背中を叩いた。さっきやった、跳ね橋の時と同じように。
「わっ!」
「頑張って」
勢いに流されるように、玉座の間の中央に進みでる。左右には、見慣れた青い鎧に身を包んだ親衛隊の面々が。そして、目の前には、玉座に座った、国王がいた。
いよいよ、フォルクローレ一世一代のお披露目である。
〜つづく〜




