チャプター20
〜職人通り フォルクローレのアトリエ〜
「で、できた〜!!」
夜もうっすら白み始めた頃、アトリエにフォルクローレの声が響き渡った。
「え、できたの? やったー!」
大釜からは白煙が上っており、その詳細はよくわからなかったが、フォルクローレの声色からこの調合が成功したことを物語っていた。調合のためとはいえ、三日も徹夜を続けたフォルクローレに付き添って、この晩はエルリッヒも共に夜を明かしていた。
何ができるかはわからないが、最後の最後に自分だけ寝るわけにはいかないと付き添っていたのだが、この声には全てが報われる気がした。
「エルちゃん、やったよ! ついにできたよ〜!」
「おめでとう! おめでとう!!」
まだ近所中が寝静まっている明け方だったが、一切御構い無しに二人は手を取り喜び合う。ぴょんぴょんと跳び跳ねるその姿は、およそ明け方という時間帯には似つかわしくなく、まして徹夜続きでやつれ果てたフォルクローレの姿からは想像もできなかった。
「こ、これで、王様に献上できる……よ……」
「! ちょっと、フォルちゃん? フォルちゃん?」
ひとしきり喜びを分かち合うと、ふっとフォルクローレの体から力が抜け、エルリッヒの方へ倒れかかってきた。徹夜明けの疲労と完成の喜びとで、意識が途切れたらしい。抱きかかえたエルリッヒの耳元には、安らかな寝息が聞こえる。
これまでの激務を思えば、無理もないだろう。その体を抱きかかえて二階の寝室に向かうことにした。
〜フォルクローレのアトリエ 二階〜
「フォルちゃん、お疲れ様」
ベッドに横たえたフォルクローレを寝巻きに着替えさせ、軽く顔を拭いてやるとそのまま布団をかける。完成したアイテムがアトリエにそのままになっているのは気になるが、今はただ気の済むまで寝かせてあげなければという思いだった。この寝顔を見ていると、言いようのない優しい気持ちが湧き上がってくる。
少しずつ朝日が差し込む中、目を細めてその寝息を立てる唇に口付けをした。瞬間、鼓動が高鳴る。
「二度目だけど竜の息吹……だよ。これで、しっかり回復してね」
この言い伝えが本当に効果のあるものなのかはわからないけど、再びのおすそ分け。ゆっくりと唇を離し、胸の内に湧き上がる”なんとなく気まずい気持ち”をごまかすように、つぶやく。
「って、私も、眠いんだった!」
フォルクローレのことはもちろん気にかかるが、こうして眠っている以上は安心だろう。それよりも、自分が眠たいという気持ちをなんとかしなければならなかった。
いそいそと寝巻きに着替え、敷きっぱなしになっているエルリッヒ用の寝床に沈み込んだ。突如意識を失ったフォルクローレほどではないが、十分に素早く眠りにつくことができるだろう。着替えついでにカーテンを閉めたので、上りゆく陽射しもさして気にはなるまい。どちらが先に起きるかはわからないが、とりあえず寝よう。
「おやすみなさ〜い」
それから数時間後。
「んん……」
「起きた?」
エルリッヒが目を覚ますと、そこには覗き込むようにしてこちらを見ているフォルクローレの顔があった。一瞬面くらいはしたものの、別に魔物の顔というわけではない。朗らかな表情が、目覚めを後押ししてくれた。
「おはよう。夕方じゃあないみたいだね」
「んー、お昼くらい? お日様の位置からすると」
確かに、窓の外を見る感じでは、それくらいのようだった。三日くらい寝ていられるかと思ったが、思いの外短い時間で目が覚めてしまったらしい。だが、不思議と眠気はない。ならば起きてもいいだろう。
「んじゃま、ご飯でも作りますか!」
「わーい!」
諸手を挙げて喜ぶフォルクローレの様子に、ついつい目を細めてしまう。どうしても、片隅に妹か娘のような感覚が芽生えてならない。
「初めて会った時と、随分印象が変わったよね、本当に」
「そうかな。ただ道理に反したことに声を上げただけなんだけどねぇ。そんなことより、ご飯! ご飯!」
寝巻きのまま、嬉々として階段を下りていく。軽快な足音を響かせるその後ろ姿はとても子供っぽい。
〜フォルクローレのアトリエ〜
「いただきまーす!」
「召し上がれ〜」
買い込んでいた食材で昼食を作る。新鮮な肉や魚は使えないが、起き抜け一番の食事には野菜を中心としたメニューがちょうどいい。二人はこの数日の疲れを癒すかのように頬張った。
「いやー、美味しい! 美味しいよ!」
「大仕事を終えた後だもんねぇ。その気持ち、わかるな〜」
結局のところ、現在に至るまでフォルクローレが作ったのはどんなアイテムでどんな効果があるのかについては不明なままだった。いつ切り出そうか、タイミングを見計らうものの、最終的に教えてもらえればいいとついつい口に出せないでいた。
「美味しいとついついご飯が進んじゃうよ〜」
「はーい。まだあるから、どんどん食べてね〜」
そうして、楽しい食事の時間は過ぎていった。
「ふ〜、食べた食べた! お腹もいっぱいになったし、寝ようかな〜!」
「え! また寝るの!?」
食事が終わって、二人分の食器を洗っていたエルリッヒの背中に届いてきたのは、とんでもない言葉だった。確か、さっき起きてきたばかりである。そして、今は食後である。だというのに、また寝ようというのか。食後に眠たくなるのはよく分かるが、それにしたってである。
「たまのこととはいえ、そういう生活してると太るよ〜。それに、せっかく作ったやつ、そのままにしといていいの?」
「たまにだから許されるんじゃん。せっかく作ったそれは、成功したのは間違いないし、ここには誰も盗みになんか入らないし、大丈夫大丈夫。それじゃ、あたしはまたベッドに戻るけど、エルちゃんはお皿洗いが終わったら自由に過ごしてていいからね〜。ごちそうさま〜」
大きなあくびをしながら、エルリッヒを一人残して再び二階へと戻って行ってしまった。全く、返す言葉もない。この後好きにしていいとは言われたものの、まずは目の前の食器類を綺麗に洗うのが先決だ。お皿ごと、その手を冷たい井戸水に突っ込み、豪快に洗って行った。
「うおりゃ〜〜〜!!」
〜夕方〜
食器を洗い終えて、なんとなくアトリエ内でぼーっとした時間を過ごしていると、だんだん日が傾いていきた。すっかり、室内はオレンジ色である。
「お、もうこんな時間か」
読むともなしに読んでいた参考書を棚に戻し、天井を、いやさ二階を見上げる。フォルクローレは、またも穏やかに眠っているのだろうか。どのみちこの時間ともなると、夕食のことも考えねばならない。もしまだ起きる気配がないのであれば、ゆっくりと寝かせてやりたいし、起きそうなら夕食の支度にとりかかるのも悪くはない。
「行くだけ行ってみますか」
静かに、足音を立てないよう気をつけながら階段を登り、二階に上がる。窓の位置が高い分、こちらはより鮮烈な夕日が差し込んでいた。
「まぶしー。カーテン閉めてないんだ。どれどれ?」
その、安らかであろう寝姿を覗き込む。きっちりと布団をかぶり、「安らか」を通り越して気が抜けたかのような寝顔を浮かべている。これを起こすのは、いささか酷というものだろう。少し悩んだ末に、そのまま寝かせることにした。
「ま、ご飯はどうにでもなる、か」
日が暮れるまでの少しの間、ベッドの前に椅子を置き、そこに座りながらフォルクローレの寝顔を眺めるエルリッヒだった。
そして、日が暮れた後、起きる気配のないフォルクローレをそのまま寝かせ、一人分の質素な夕食を作って食べた。仮にも人様の家だというのに、主が寝ている間に食事を作って食べ、寝支度をしている。もう、すっかり勝手知ったるアトリエである。
「さてと、私も寝ますよ。おやすみー」
未だ目を覚ます気配のないフォルクローレに一声かけて、眠りについた。
〜翌日 城門前〜
「うぅ〜、緊張するよ〜」
「ほら、フォルちゃん、しっかりして! 初めてじゃないでしょ? 自信作ができたんだから、胸張って通ればいいんだよ。なんなら私が先に行こうか?」
一夜明けて、フォルクローレはエルリッヒを伴ってお城までやってきた。出来上がったアイテムを風呂敷に包んで、それを大事そうに抱えている。やることをやったのだからと胸を張って城内に入れば良いのだが、跳ね橋の向こうに立っている兵士二人を前に、どうにも萎縮し、緊張しているようだった。
「い、いや、行くよ! 王様に依頼されたやつだし!」
確かにこの兵士は城に入る不審者がいないか確認するのが仕事だし、二人は自由に出入りできる貴族や騎士団員ではない。まして、今日の当番はツァイネ経由で顔を覚えてもらった兵士ではないようだった。素直に事情を話して入れてもらうしかない。普段多くの顧客との依頼をこなしているフォルクローレが緊張するのも、わからないではなかった。
「あぁ〜でも、いきなり行って王様会ってくれるかな〜。忙しいんでしょ?」
「もし忙しいんだったら、お城の中で待たせて貰えばいいんだし、ここで足踏みしてるよりよっぽどいいよ。ほら、行こう!」
ポン、と優しく背中を押す。いい加減兵士も橋の向こうで何やらやっている娘二人の存在に気付き、訝しみ始めている様子を見せているから、頃合いだろう。
エルリッヒは軽く叩いたつもりだったが、思いの外勢いがついてしまったらしく、フォルクローレはバランスを崩したまま、橋を超えてしまった。ようやく体勢を立て直した時、すでに兵士の目の前にたどり着いていた。
「君、さっきから俺たちのこと見てたよね。お城に何か用?」
兵士の一人が声をかけてくる。それは、フォルクローレが思っていたよりも遥かに優しい声だった。少しだけ、緊張が緩む。すがるように後ろを見ると、エルリッヒは笑顔で手を振るだけで、特に手助けはしてくれないらしい。意を決し、深呼吸をした。
「錬金術士フォルクローレ、王様の用事で来ました! 中に入れてください!」
大きく張り上げたその声は、緊張の色がすっかり消えていた。
〜つづく〜




