チャプター22
〜王城 玉座の間〜
部屋の左右に青い鎧を身に纏った親衛隊が居並んでいる。その中央、一番奥が一段高くなっており、そこに玉座がある。表情はよく見えないが、金色の王冠をかぶった王様が座っているのはよくわかる。すぐそばにはこれまた身なりのいい年老いた男性が立っている。おそらくは大臣だろう。
ここに入るのはこれで二度目だが、それっぽっちの経験で慣れるものではない。フォルクローレは緊張した面持ちのまま、ぎこちない動きで進んでいく。
そして、エルリッヒはその後ろを気楽な心持ちで進んでいく。もともと物怖じするタイプではないが、付き添いの立場というのは輪をかけて気楽なものだ。
しかし、フォルクローレの様子は後ろから見ていても心配になる。こんなに緊張していて、ちゃんと作ったアイテムを紹介できるのだろうか。もしここで失敗したら、もらえるはずの報奨金もパーだ。それでは困る。周囲の人間に聞かれないよう、小さく耳打ちをする。
『ねえフォルちゃん。親衛隊のみんな、ツァイネの友達だからね』
(ツァイネの? それならなんか安心かも)
友達の友達というキーワードが効いたのか、徐々に足取りは軽く滑らかになっていった。作戦成功である。実際のところは、代替わりでツァイネと面識のない騎士もいるのだろうが、ここは嘘も方便だ。それに、彼らがツァイネと同じ鎧を身に纏っていることに変わりはないのだから、いくらでも信憑性は出せる。
「さ、堂々と説明してあげて」
囁きに答えるように小さく、けれどはっきりと頷くと、玉座の前に跪いた。もちろん、斜め後ろを歩くエルリッヒもそれに倣う。一応、二人ともこの国の国民なのだ。
「錬金術士フォルクローレよ、参ったか」
二人の様子を見て、王は静かにその名を呼んだ。そして、次の瞬間、王の視界に深紅の髪をした娘の姿が飛び込んでくる。先ほどから気付いてはいたが、こうして間近に現れると、一層その存在感が増していく。
「それから、その後ろにいるのは、エルリッヒであったな。二人とも、表を上げよ」
「はい、王様。ご健勝な様子、お喜び申し上げます。此度は錬金術士フォルクローレの友人として、随伴致した次第に存じます。何かの折には助け舟も出しますが、私のことはあまりお気になさらぬようお願い申し上げます」
普段とは打って変わって優雅な物腰で挨拶をするエルリッヒの姿に、フォルクローレは驚きとともに焦りを覚えた。自分は、こんな丁寧な受け答えはできないぞ!
「フォルクローレも、ここに来たということは、無事に余を納得させるものを作ってきたということであるな? いささか無理を言ったかもしれぬが、楽しみにしておる」
「めめめめめ滅相もございません! こここここちらこそこのような機会を設けて頂き光栄の至りです!」
せっかく足取りが軽くなったというのに、王の前ということもあってか、すっかり固くなっている。もし目の前にいる王が歴史書に名を残すような暴君であれば、その場で首を撥ねられても不思議はない。何しろここには親衛隊が腰に差した鋭い剣を始め、大臣が礼装として懐に携行しているであろう護身用の短剣に、王が所持しているであろう宝剣もあるに違いない。気に入らない人間を処刑する道具には事欠かないのだ。
「さ、フォルクローレとやら、早く陛下にお見せするのだ。陛下は多忙な中、そなたのために貴重な時間を割いて下さっているのだからな」
軽い苛立ちを見せる大臣。もちろんフォルクローレとしてもエルリッヒとしても、分からないではない。多忙を極めているのは事実だし、それを思いつきで市井の娘に直接会って無理難題を課したのだから。
しかし、そんな大臣の内心を制するかのように王は言葉を発した。その効力は、掛け値なしにこの国で一番強い。
「まあまあ良いではないか。そもそもが世の言い出したことなのだ。巷で噂に聞く錬金術士とやらの腕前を見てみたいとな。世の申し出とあっては断れぬ事情もあったであろうが、よくぞこうして応えてくれた。それだけでも、褒美をくれてやりたいところだ」
「陛下! 褒美などと軽はずみにそんなことをおっしゃってはなりませんぞ! それは国民の血税から支払われることになるのですから、使い道は重々考えていただかなければ……」
大臣の小言はまだまだ続いていたが、王は立ち上がり、自ら玉座を降りて二人の元に歩み寄った。二人とも、褒美の話はぬか喜びをしないようにときを引き締めていたため、さすがに浮かれはしなかったが、大臣の様子には、少なからず王に対し同情の念を覚えた。
「さあ、小うるさい大臣のことなど放っておいて、早く見せるのだ」
年を取ってはいても、その瞳は少年のように輝いていた。
「それじゃあ、お見せします。私が作ってきたのは、これです!」
意を決し、フォルクローレは風呂敷包みを解いた。
「おお、これは!」
「なにこれすごい!」
満を持して現れたそれは、虹色に輝く手のひら大の立方体だった。定まることのない、千変万化する色を見せながら、柔らかな光を放っている。
「噂には爆弾作りが達者だと聞いていたが、これはなんなのだ? どう見ても、爆弾のようには見えぬが……戦道具ではあるまい」
すっかり好奇心を刺激された王は、覗き込むようにして見つめている。まずは最初の壁を超えたと言ってもいいだろう。王の関心を買わないことには、見せる側としても失敗になってしまう。
「直に触っても良いか?」
「もちろんです。どうぞ」
そっと、大事なものを手渡すようにして王に持たせる。光は弱まることなく、そして色は定まることなく、王の手の上でゆらゆらと存在していた。
「おお。思ったよりは重いか。それに、硬く冷たいのだな。これは金属なのか?」
「順を追って説明しますね。これは、見ての通り虹色の小箱と言います。材料は金属を基にしていますが、それ以外のものもいろいろ入っています。大雑把に説明しますと、魔法が使えた時代によく言われていた、四大元素が均一のバランスで溶け合っている状態です」
自ら作成したアイテムの説明をすることがスイッチになったのか、先ほどまでの緊張もようやく解け始めていた。いささかではあるが、国王という身分の人間と接するには不敬な話し方だったが、それを気にする王ではなく、大臣一人が「不敬であるぞ」などと呟いているにとどまった。王にとってはフォルクローレが饒舌に話し始めたことの方がよほど喜ばしかったのである。
虹色の光に照らされながら、食い入るように説明に聞き入っていた。
「して、効能は何なのだ? 何か不思議な力を封じ込めておるのか? それとも、実は爆弾なのか? 武具に加工するものなのか? それとも、人心を惑わす効果でもあるのか?」
「んー、人心をまどわせないこともないですし……一応金属なので武器や防具に加工できないこともないですが……これはそういった類のものではないんです。有り体に言えば、効果は何もない、と言った方が正確でしょうか。ただこのように美しく光っているだけのものなんです」
口元に人差し指を当てながら、少し斜め上の何もない空間を見つめながら説明をする。そして、最後に小首をかしげながら薄く、それでいて印象的な笑みを浮かべる。
拍子抜けした様子なのは、王だけではない。今まで、散々秘密にされてきたエルリッヒもそれは同じだった。大層美しいアイテムだから、さぞや素晴らしい効果を秘めていることだろうと思ったのに、見事に裏切られた格好になったのだ。
「何の効果もないとは、どういうことなのだ。これほどのものが一体……」
「それは、これから説明しますね?」
澄み切った青空のようなその瞳に、迷いの色はなかった。
〜つづく〜




