終章 もう一度、はじめから
「わたしは――今度こそ、太陽の花を目指す!」
ティアが晴親や榊に向けて宣言した。
プラハを発って間もない、街道沿いでのことだった。
「ゴーレムはいなくなっちゃったけど、わかったことがあるの……太陽の花は実在する!」
「……そんなこと最初からわかってただろ」
『いや、実はそうでもない』
『え? そうなの?』
「太陽の花は伝説や伝承のうえでは存在してたんだけど、実際には素材も錬成方法も謎ばっかりで、実在しないんじゃないかって説もあったの」
しかし、存在した。
母は手にできなかった。だが、たしかにたどり着いていた。
それだけで、錬金術師の少女には十分だった。
『ふむ。五里霧中に変わりはないが、一度は手が届いたのだ。ティアならそう遠くないうちにたどり着けるだろう』
瓶の中の小人も腕を組み、力強くうなずいている。
『そうだね! ぼくもティアならたどり着けるって信じてるよ!』
「ありがとう! おあげちゃん!」
満面の笑みを浮かべ、榊を抱っこしようとするティアを、
「人んちの式神に勝手なことすんじゃねぇ!」
晴親が妨害した。
「ちょっと! おあげちゃんの独り占めなんてズルいわ!」
「なに意味わかんねぇこと言ってやがる! おあげは正真正銘オレんちの式神だろうが!」
「そんなこと言ってるんじゃないでしょ!? わたしにも抱っこさせてって――」
「だから、それが意味わかんねぇんだよ!」
そうしてふたりは、また不毛に言い争いを始めた。
『榊殿、こちらへ』
『どうしたの?』
ふたりの人ならざる保護者たちは、その顔を互いに寄せ合って、
『我らはこのまま太陽の花を目指す旅に出るのだが、実は道中が少々心もとないのだ』
『まあ、あんなことがあったばっかりだしね……』
『ふむ。そこでだ……貴殿らに旅の同行を頼めぬかと――』
「ちょっと、アタノール! なに勝手なこと言ってんのよ!」
ティアが試験管を投げつけながら言った。晴親が奇声をあげ、派手に燃え上がった。
『それは全然かまわない。むしろ、ぼくも考えてたことなんだ』
榊が密封瓶に前足を当てて、
『実は晴親って、あれで結構ナイーブっていうか……ゴーレムのこと気にしてるんだ』
「おあげ! てめぇ、なに口走ってやがる!」
晴親が九字を切りながら叫んだ。ティアが足を滑らせて無様に転んだ。
『だから、ぼくたちも賢者の石を――太陽の花を目指すのは歓迎なんだ』
『ふむ。アルカヘストの錬成にも、ゴーレムの再生にも、太陽の花は欠かせないものだからな』
『それなら話は簡単だね』
『ふむ』
人ならざる保護者たちが、そう結論づける。
もちろん、
「「なに勝手に決めてんだ(のよ)!?」」
ふたりの主人たちは反抗した。
とはいえ、
『はいはい、わかったから行くよ』
そう言って、榊が器用にアタノールの紐を自分の首に引っかけた。もうずいぶんと手慣れていた。
『ふむ。プラハでは有意義に過ごすことができた。我はこのままロンドンに渡ってしまいたいと考えているのだが、榊殿はどう思う?』
『んー、さっそく同行したいのは山々なんだけど、ぼくたち一回帰らないといけないんだよね。鍵は燃えちゃったし、道継のことや顛末を晴正に話さなきゃ』
『それならエジプト――アレクサンドリアはどうだ。貴殿たちの国に帰るならこちらでもよかろう。なにせ錬金術発祥の地で――』
『へー、そうなんだ! それならエジプトのあとは中国にも行ってみようよ! 太陽の花を目指すなら錬丹術の仙丹についても――』
「「人の話を聞け(きなさい)!?」」
保護者たちの後ろを、いがみ合いながら陰陽師の青年と錬金術師の少女がついていく。
ふと背中に視線を感じ、ティアが振り返った。
「……?」
見通しの良い街道には、自分たち以外の人影はどこにも見当たらない。
「どうした?」
「……なんでもないわ」
ティアの首元で赤い石がやさしく風にゆれていた。




