序章 すべてが終わったあとで
「――だーかーらー! そうじゃないってば!」
「うるせぇ! これをこうして……こうだ!」
「あっ、馬鹿――」
どんっ!
晴れ渡る空の下、突然の爆発音。白い雲に混じって一筋の黒煙が糸を引いた。
「けほっ、けほっ……ちょっと!」
「オ、オレは悪くねぇぞ! い、いまのは、ティアの説明が――」
「わたしの言ったこと、なんにも守ってないくせによく言うわ!」
「んだと!」
「なによ!」
黒い着物に袴姿の青年と、白いローブをまとった少女が樹の下でいがみ合っている。
「だいたいな! 西洋の屁理屈ばっかこねられても、わかんねぇもんはわかんねぇんだよ!」
「屁理屈じゃないわよ! これは万物を構成する理論に基づいたもの! それも基礎中の基礎よ! あなたみたいな東洋の胡散臭い術師には、わからないかもしれないけどね!」
黒瞳と碧眼の間で火花が散った。
「誰が胡散臭い術師じゃ! 頭でっかちの性悪馬鹿女が!」
「言ったわね! 符に落書きしかできない野蛮人のくせに!」
ふたりの前には蒸留器や乳鉢、乳棒などのさまざまな器具が転がっていた。その中に元はフラスコだった水晶の破片もある。
破片の周りでは、形容しがたい色をした液体が黒煙をあげていた。
「落書きだぁ! あいかわらず、てめぇは陰陽道の崇高さがわからねぇらしいな!」
「あなたこそ! 何度説明しても錬金術の偉大さがわからないらしいわね!」
ぐぬぬぬぬ。
ふたりは、まるで獣のように犬歯を剥き出しにしている。
と、
『ふたりとも、すこしは落ち着きたまえ』
『そうそう。仲が良いのはもう十分わかってるからさ』
「「誰が仲良しか!?」」
ふたりのそばには、人ならざるものが二体いた。
『ふむ。これだけ息が揃うのに、どうして普段はいがみ合ってばかりなのか』
かたや、妖精のようにちいさな人型の生命体――ホムンクルス。
『ねー。ほんとにね』
かたや、柴犬を彷彿とさせるちいさな身体の子狐――式神。
「だってアタノール! 晴親がこんなに馬鹿だなんて思いもしなかったもの!」
白髪碧眼の少女――マグヌス=ティア=ホーエンハイムが、青年を指さしながら言った。
少女の首元で赤い石がふわりと踊る。
「おあげ! こんな性悪女と仲が良いやつなんざ三千世界探したっていねえよ!」
黒髪黒瞳の青年――土御門晴親が、少女を顎で示しながら言った。
『はいはい。そんなことより、はやく行かないと日が暮れちゃうよ』
『ふむ。榊殿の言うとおり、いつまでも夫婦漫才を繰り広げていては――』
「「誰が夫婦か!?」」
その後も一向に締まらないふたりのやり取りをよそに、
『……ねぇ、アタノール』
『いかがした、榊殿』
『ぼくさ、ふたりと出会えて本当に良かったと思ってるよ』
『ふむ』
子狐の首元には果実酒の密封瓶が吊られている。アタノールはその瓶の中にいた。
彼らの脳裏に出会ったプラハでの一幕の記憶が蘇る。
『我も同じことを思っておった』
それはおよそ、ひと月前のできごと――




