045「ストリング・アサルト」
〈二〇二五年 七月二十九日 御加実市 ???〉
「──────ッ」
息もつかないような逃走が続く。
相手は未知の能力で動く無機物、体力など無尽蔵であろうし、限界があろうと一般人が勝てるはずがない。
背後を横目で見ると、ガシャガシャと音を立てて追ってくる人形がいた。
一体のみ、されどナギトはそれに抗う術はない。
無論、隙をつけばナギトにも勝機はあるのかもしれない。
しかし、針糸の穴を通すような綱渡りの上で掴み取れるかもしれないものだ。
やるしかないのなら、ナギトはやる。
だが、命の張りどころは今ではない。
少なくとも、ここは逃走することを第一に考え、ただ足を回すナギト。
────大阪で数十人くらいの暗殺者から、逃げ切った逃走テクを見せてやるぜ。
咄嗟に、曲がり角にあった階段へと飛び込む。
体力は半分というところだ。
とはいえ、人形は速い上に疲れ知らず、追いつかれるのは時間の問題だ。
悲鳴をあげる肺と脚を無視して、階段を飛び降りる。階段の段数が少ないことも幸いであり、一足跳びに数階ほど降りることができた。
「──撒いたか?」
つい口を開いてしまい、これ、フラグじゃんと苦笑いを浮かべる。
とはいえ、凄まじい運動量での逃亡を30分ほど続けたので、すでにナギトに体力は残されていなかった。
────もし逃げきれてなかったら、素直に倒そう。
だが、人形は現れなかった。
逃げきれたと判断して良いだろう。
辺りを見ると、地下街のような雰囲気のある場所が続いていたが、人っこ一人おらず閑散としていた。
「敵の総本山じゃねぇか……そこに一人って絶対絶命だな」
そう、言葉にしてみるが、恐怖心が麻痺しているのでナギト自体何も感じてはいなかった。
ただ、あの駅からレイの気配を追っていれば、合流できたかもしれないが、人形との逃走劇により、現在地すら危うい。
すわ、生命の危機である。
「ま、ともかくレイの気配を辿るしかないだろうな」
しかし、当の本人はあっけらかんとしたもので、波瀾万丈続きのオカルト部活動やら、現実とは乖離した中学時代の経験により、危機感が薄くなっていた。
最近はブランクを感じ始めていたものの、【ゲーム】やら〝イベント〟という中学時代に匹敵する──否、大きく上回るほどの修羅場を超え、ナギト感覚は完全に麻痺していた。
「どうにかなるなる!レイとの契約もあるし、メタルギアソ◯ッドすればどうにか……」
────楽観的な笑みを浮かべて、廊下を歩いていたナギトは、曲がり角を曲がってくる人形兵を見て凍りついた。
しかも三体、目に入れた瞬間にナギトへと凄まじい殺意を向け、全身を使った駆動で詰め寄った。
「──いやいや、無理無理ィ!!?普通に死ぬってぇ!!」
その光景を見たナギトは、瞬時に反転し半狂乱になりながら、体力などどうでもいいと理不尽に叫んだ。
もはやヤケである。
────だが、どうやら天はナギトを見捨てていないらしい。
瞬時、改札前にある、大階段を駆け上がる音がする。
ナギトが逃げ込んだ先は、少し開けており、全体的に視線が通り易いところであり────
「────あら?人形兵の煩い音と、叫び声がしたと思ったら、こんなところに可愛いボウヤがいるじゃなぁい?」
声が聞こえる前に、背後に感じる三つの騒音が、消え失せる。
同時に響いたのは短い拳打の音、そして振り向くと────
────そこにいたのは純然たる〝正義〟であった。
◆◇◆◇◆
「──────びっくりしたわぁ?まさか、こんなところに人がいるなんて」
そう、世間話を振るように自然体にふるまうのは、明らかな男性であった。
紫紺の肩ほどまでに伸びた絹のような髪に、装いは黒を基調とした華美な装飾のフィギアスケーターのような衣装を着ていた。何より目立つのが、その豪快に空いた胸元である。
そして、化粧もしっかりとまつ毛の先から首まで行っており、まさしく【空想現界人】という見た目である。
「俺は迷いこんだクチだ。あなたも……ええと」
「────シガレット=ポリターナよ、よろしく……シガレット姉、お姉さん、何でも呼んで頂戴ね。貴方の名前も聞いていいかしら?」
どうやら、自己紹介をしてくれるらしい。
少なくとも、問答無用で敵対!なんてことはないようだ。
まあ、そういえばキキョウとかも最初は敵対していたし、警戒するに越したことはない。
「ナギト、間下部凪斗だ。よろしく……まぁ、ともかくシガレットさんも迷い込んだのか?」
シガレットさんの見た目を見て、色々言いたいこともあったが野暮なので飲み込もう。
ともかく、今は一つでも情報が欲しい。
突如いなくなったレイたち、この空間はどこで、何なのか……その答えは値千金の価値がある。
「そうでもないんだけど?色々用があって、迷宮にね?そしたら出口が閉じちゃって」
どうやら、思ったより彼女は情報を知っているようだ。
「……迷宮?」
「──────あらぁ、今居る場所なのに知らないの?〝ダンジョン〟のことよ」
そう言われても知らないものは知らない。
だが、どうやらやはりここは【ゲーム】空間のようだ。
そして、この場所が明らかに普通の場所ではないことも。
「なるほど?」
「ううん、ナギトちゃんはもしかして、今ものすごく困ってたりするぅ?」
確かに、ここがどこかも分からない奴が、危険地帯で危険な敵から逃げていたんだ。
そう、取られても仕方がない。
正直、会ったばかりの人間を頼るのは嫌だし、申し訳ないが背に腹は代えられない。
「ああ、困ってる。悪いけどシガレットさん、手を貸してくれないか?報酬は────」
「────構わないわ。何でも言ってちょうだい!」
そう、色々交渉をするつもりで言った言葉を遮られる。
あまつさえ、全てを擲つような発言だ。
ナギトからすれば考えられない(※レイの事は忘れてる)ことだ。
「いや、あー……いいのか?」
「うふふ、そうね。私、困ってる人を助けるのが大好きなの!報酬はいらないわぁ」
「そりゃあ、いい趣味してるな。前世が仏だったんじゃないか?」
そんな皮肉じみたことを言いたくなるくらいナギトは肩透かしを食らった。
これまで、交渉やら説得やらをしてようやく仲間になってくれたキキョウを思えば仕方ないのかもしれない。
「さて、とりあえず、状況は道すがらに説明する。ともかく時間がないからすぐに行くけど、いいか?」
「もちろん、と言うより、私……移動が一番の得意と言っても差し支えないのよ?」
そう、自信満々に胸を叩くシガレットさんに俺は苦笑する。
そういえば、今の今までかつての親友のような完全な善人のような人間には会ったことが無かった。
レイもそういえばそうだが、性格がまるで違う。
シガレットさんも、当然親友とは違うがその善性に置いて、似通ったものがあるのかもしれない。
「ともかく、話が速くて助かった」
「そぉかしら?ナギトちゃんも、即断即決……団長みたいだわぁ」
そう言いつつ、俺はレイの元へと向かうべく、足を進める。
かくして、男だけ(?)の珍道中が始まったのであった。
◆◇◆◇◆
〈御加実市 【ゲーム】空間内 御加実電鉄本線〝ダンジョン〟〉
「──────ともかく、自己紹介をば。私はフレイア=イーステッド、魔術協会特務二課所属の魔術師ですわ!」
「そして、フレイアさまの従者であるセバスチャンでございます」
場所は、改札から離れた駅の、デッドスペースである階段裏。
あの双子が襲ってくることを考慮した配置で、私たちは作戦会議を行っていた。
そも、ここがどこでどういう場所であるかの情報は一切ない。
〝イベント〟でレイと子供たちと囚われた空間に似ているが、相違点は多い。
だが、問題はそれだけではない、私たちの前にいる魔術師を名乗る二人組である。
「あー、まああの能力を見た感じ魔術師っぽいのは確かだな」
「ん、セバスチャンも魔術師?」
キリリとした目線をフレイアへと向けて言うキキョウに、レイも付け加えるように問う。
意外に鋭い質問だ。
「────私は魔術師ではなく、【空想現界人】でございます」
「……ッ!マジか!?」
「ええ!?そうなんですの!!?」
キキョウの驚愕は妥当だが、何故フレイアまで驚いているのか。
確かに、魔術師と空想現界人が共にいるというのは、【ゲーム】の性質上あまりない事象だろう。
「なぜ、フレイアの方が驚いてるのかぇ?」
「あ……忘れていたのですわ。セバスチャンがあまりに魔術を理解していて、つい」
「ふふ、自らを欺くほどの信頼、感嘆の至りでございます」
それは、ついで忘れることなのか、それにセバスチャンも思ったより親バカならぬ従者バカのようだ。
やはり、フレイアはポン、な疑惑がある。
疑惑というか、ほぼ確証だろうが。
「ま、二人が出会った経緯はともかく、フレイアたちもやっぱりここが何か知らないんだな?」
「ええ、私も仲間と電車に乗っていたら、いつの間にかここに。それに仲間ともはぐれてしまって……」
「ラキア様も、もしかしたらこの空間のどこかにいるかもしれないですね」
フレイアは俯いてしまう。
おそらく、心配なのだろう。
その気持ちは私にもよくわかる、無論彼がそこらでくたばるはずもないと信頼はあるが。
「ふぅん、ラキアって奴も音信普通なんだな。奇遇だな、アタシたちも一人行方不明でよ」
「ん、感じる位置的に遠くにいる」
キキョウも、ため息をついてそう同調した。
レイはそれに補足する、どうやら本当に大分遠くに離れてしまったようだ。
「まあ、心配なんはともかく、今はこの状況をどうにかすることを考えなな?」
「ええと、このお二人とノワ子?さんは一般人でございまして?」
建設的な発言をする秋紗にそうフレイアは恐る恐ると言った風に聞く。
「無論である!それに、今居ないナギトもであるがな!」
「……ウソ!?じゃあ、かなりマズい状況じゃないんですの!!?」
そう、大げさに驚くフレイア、確かにその反応の方が普通なのだろう。
「いや、まあアイツのことは一旦いい。どうせ、死にゃしないくらいにはしぶといだろうし」
「ん、ナギトは生きてる」
「そ、そこまで、しぶといお方ですのね?」
そう言いつつ、フレイアは半信半疑と言う様子だった。
確かに、彼ならちょっとやそっとの危機など覆して見せるだろう。
「んで、問題はアタシらのほうだ」
「そうなんですの?」
「ええ、お嬢様。私たちは一般人三人を抱えて、この敵の拠点を脱出しなければなりません」
考えが及ばなかったフレイアはセバスチャンに問いかけ、それに彼?が答える。
そう、今回は前の〝イベント〟と異なり、かなり厳しい戦いになる。
「────なぜ、このようなことに……」
そう、茫然自失と言う風に青い顔をするフレイアに、私は口を開く。
「一つ、いいかの?我らがここに来た理由に関してだ」
「あん?さっき分からねぇって結論になったんじゃねぇか」
そう、何を聞くのかと責めるような瞳が私を貫くが、気丈に顔を引き締める。
「……いや、あくまで憶測だが、妾がこの電車に乗る前に見た者を思い出したのだ」
「で、それは誰なん?」
「────フレイア、だ。あくまで遠目だが、目立つ格好をしておったのでな」
そう、私はここにくる前の電車に乗る寸前にフレイアの人影を見たのだ。
そう、それこそがヒントになりうる。
「わ、私を?でも、それが理由とどう繋がるのですわ?」
「妾たちは、ここに来る電車以外にも、他の電車にも乗っていた。妾はてっきりアキサがこの件の首謀者と勘違いしてしまったのだ。アキサが一緒に乗っていた時にちょうど、この転移が起きた故な。あの時は申し訳ないことをした……」
そう、謝意を示して謝る。
状況証拠のみで責めてしまった、秋紗には申し訳ないことをしたと反省しているのだ。
「もう、さっきも謝ってくれたやん、それでいいよ。こっちも、つんけんしてしまったし。ともかく、理由ってのは?」
「うむ、それは……この駅は魔術師を誘致するために作られたものということだ」
そう、だからこそ異物を弾く双子が居り、現実空間に繋がっているのだろう。
「ああ、大体わかった。つまり、アタシたちはフレイアの誘致に巻き込まれたってことだな」
「そんな、それでは私が全ての原因ということに……」
「いや、魔術師だけを誘致するにしても、それ以外があまりについてき過ぎている。つまり、ここに来れる人間は一定以上の魔力を持つ人間、もしくはそれの近くにいる者であろう」
そう、魔術師のみをここに誘拐するなら、それにしてもフレイアだけでこの大人数が巻き込まれるとは考えにくい。
「それなら、そのラキアという者が巻き込まれなかったのも、ナギトが居ないのも。一度にここに来れる人数が決まっているのだろう」
「なるほどな。確かに憶測だが、結構いいセン行ってるかもな」
私の予測に賛同するキキョウ。
憶測は憶測、心の隅に留めておくくらいでよいだろう。
「ま、ここに居ないナギトくんが、この空間におることが分かっただけええんちゃう」
「ん、確かに感じる。異空間ならおそらく感じることはできない」
『その件にはレイに同意しよう』
レイとそのお目付け役が、秋紗に同意する。
そう、ナギトがこの場に居ないことは、つまりラキアももしかしればこの空間のどこかにいるかもしれないということだ。
「どうすればいいか、だな。結局、アタシらが危機に陥っているのは変わりない」
「私たちも乗り掛かった舟ですわ。どちらにせよ私は人類の守護者たる魔術協会所属、もちろんご協力いたしますわ!」
「主がそうなさるなら、その僕たる私は口を挟みません」
どうやら、フレイアたちも協力してくれるらしい。
元々、空想現界人と一緒にいるのだ、話していてもそうだが多少の善性は期待できる。
ただ、キキョウの表情を見るに、まだ油断はしていないらしいが。
「んで、これからのことだが──────」
そう言いかかったキキョウは、突如として身を固める。
その一瞬の動作で、レイとフレイアは立ち上がり、物々しい殺気をだす。
同時に、ガシャガシャという足音が聞こえてくる。
──────背後を見ると、どうやってかこちらを感知した十数体の白い材質で作られた人形の群れが居た。
どうやら、今度は逃げ場などないらしい。
かくして、彼女たちは試練へと誘われていく。
◆◇◆◇◆
無人の駅のホームに、軍帽を被ったセーラー服の少女が二人。
彼女は隣どおしに、縁側から足を擲つようにホームの端に座っていた。
「あーあ、逃げられちゃった。怒られちゃうかな?」
「まぁ、ハーメルン様なら適当に言い訳すればいいと思うわねぇ。公彦様の方はねぇ?」
そう、言外に苦笑いを浮かべる少女たち。
それでも、彼女らの軽薄な雰囲気は消えない。
「私、公彦様は嫌い~」
「そうねぇ。まぁ、でもどちらにせよあの方たちはアイツらを見逃さないでしょうね。なら、そこでアイツらは終わりでしょうね」
そう、全てを嘲るような笑みを浮かべる少女は、そう淡々と語る。
どうあろうと、彼女らはあくまでハーメルンたちに雇われた存在、どちらが勝とうと関係がないのだ。
そう、様々な色に変わる空を眺めていると、駅に二つの人影が現れる。
「…………ねぇねぇ、同い年くらいでしょ?仲よくしよ」
「…………あらぁ、思ったよりハーメルン様も本気みたいねぇ?」
そのフード姿の二人を見た少女たちは、さらに笑みを深めてそう言った。
ハーメルンも思ったより本腰を上げて、身中の虫を叩き潰すつもりだ、そうミネネは予測する。
「──────敵はどこ?」
「……………………」
そして、フードの暗がりから見える少女の瞳は凍り付くような蒼を滲ませていた。
そして、もう一人のフードは不敵な笑みを薄く浮かべるのみ。
────刺客はすぐそこまで迫っていた。
〈Tips!〉
・異空間の特性について
魔術的には魔力適性《結界》の奥義である《異葬結界》に分類される異空間である。
この世界ではない別の空間を作りだすのは本来様々代償があり、【空想現界人】のように無制限に使えるわけではない。
魔術師が《異葬結界》を使う場合、大量の魔力や展開宣言に《枷》や《糧》を使うことによって、どうにか発動できる。《異葬結界》はこの世界に別の世界を生み出す離れ技である。魔術界隈ではこの世界自体が生物であるというのが一般である。そのため、この世界は、自身の中に生まれた異なる世界である《異葬結界》を異物と認識し修正しようとするため、発動、維持にはかなりの代償や魔力が必要である。大抵の発動は数分が限界。
空想現界人が魔力を使って異能を発動させる、特に異空間を発生させる場合は、空想現界を引き起こした存在がそれを補助している。
その力の源は一体どこからきているのか、それは神のみぞ知る。




