044「逃走の終わり/始まり」
〈二〇二五年 七月二十九日 御加実市 ???駅 ホーム〉
「へぇ、すげぇ。面白味がありありな面子だな?」
「キキョウ、こ奴らは魔術師の────」
バイクから一度降りたキキョウは、こちらに歩を進めながらそう言った。
閉目し、いかにも気だるそうな彼女を見て、ノワ子は、ああ、これはキマったな……と自画自賛している顔だと察する。
「──────フレイア、フレイア=イースタッドですわ!!よろしく、キキョウ!」
「……そして、私はこのお方の従者であり、服従者のセバスチャンでございます。以後お見知りおきを」
「お、おう……なんだ、よろしくな?」
元気よく挨拶する二人に、キキョウも押され気味だ。
念願の魔術師、それも悪くはなさそうな二人に出会えたのはそうだが。
それでも、想定していた問答とは違うものが帰ってきて、キキョウもたじろいだ。
「ともかく、はよ逃げなな」
「……え?でも、秋紗先生──」
「下見てみぃ?ほら──」
そう、やり取りをしている秋紗と涼子を尻目に、ノワ子はホームを覗いてみると────
「──────ぜぇっっったいに、殺すわぁ!!!」
登攀している電線の怪物を伴って、殺意マシマシの笑みを浮かべた少女がもう登ってきていた。
「ハッ、奴さんも本気出してきたってわけか。もう片割れといい、いい性格してるぜ」
「ふむ、という事はあの車掌さんごっこ少女と同じようなものにあったのかのぅ?」
キキョウの言葉から察っしなくても、あのミネネという名前の少女の言動から仲間が居そうだなとノワ子は思っていた。
「では、やっぱり逃走ですわね!」
「ご明察、さすがですお嬢様……」
「ってことは、この何ともおかしな……あ、リョーコちゃんのデザインか───キュートでシャープでグレイトなバイクに乗ってくってことでええんか?」
「んもう、秋紗先生!揶揄わないでくださいよ!?」
ともかく、安心したらしい秋紗も、つい冗談を言ってしまう。
そして、とはいえ状況はまだ予断を許さない。
「────よし、出口までかっ飛ばすぞ!」
「ふ、法定速度で頼むぞ!?」
そして、キキョウのバイクに乗ったノワ子と秋紗、そして涼子と共に駅のホームを爆走するのだった。
ちなみに、以前乗った時のことを思い出し、速度を落としてもらおうとして放った言葉は当然無視された。
「────乗ってくださいまし、セバスチャン!《炎雷と化せ、雌豹》」
「恐縮ですが、不敬をお許しくださいお嬢様」
同じく、獅子の魔術を解除し、執事であるセバスチャンを背負ったフレイアはまた別の魔術を発動。
彼女らの後に続いた。
「逃ーがーさーなぁいよぉ!!!」
そして、その後ろからさらに追走するのは、四つ足となった怪物と、目を血走らせたミネネであった。
◆◇◆◇◆
──────遠くから、バイクの駆動音と幾つかの足音が聞こえてくる。
電気を纏った敵への対処、ただの物理しか攻撃手段の無い私は、だが意外と苦戦することは無かった。
痛みを無視すれば、攻撃は少し麻痺するだけの単調なものばかりだった。
「────何なの、オマエ!!?」
「ん、レイ=エレイン──あ」
また、素直に名乗ってしまったことに、迂闊であると自信を戒める。
とはいえ、口が勝手に動いてしまうのだ、仕方がない。
というか、ナギトやノワ子が冷静過ぎるのだ。
ナギトはともかく、普段はおちゃらけているノワ子も土壇場では驚くほどの起点を見せることがある。
【空想現界人】ではない、ただの非力な一般人がだ。
瞬時にくり出された三つの鉄の鞭を掻い潜り、放電が体を焼くが無視して少女へとさらに肉薄。
後ろから、遠心力を持って振り下ろされた縦薙ぎを裏拳を使って逸らし、足元に迫っていた蔦のような鉄線を跳んで回避する。
「──────ッ!」
こちらが距離を詰めたのに対し、あちらは下がる。
そして、瞬時にオジギソウのように生えた鞭が乱雑に、私へと撃ち込まれる。
さらに、地を蹴って鉄線で作られた閉まりかけの門を頭からくぐる。
待ち構えていたのは、行く手を遮る鉄条網。
だが、空中で一回転し、鉄条網に足場に跳ねる。
瞬時に後ろから放たれた、直線の鉄線を回避して辺りの地面や鉄条網を利用してマナナの周りを縦横無尽に跳ね回る。
「普通、食らえば即死高電圧なんだけど!」
そうぼやくマナナは、私を目で追うことをせずに、電線の鳥かごの中に籠ったまま。
おそらく、あの鉄線の塊は何らかの生物、マナナの戦闘力は皆無であり、私の攻撃に鉄線で対応できるとは思えない。
有刺鉄線の塊は主人の意向に従うものの、最優先は主の無事……そこに勝機はある。
「…………ッ」
鋭い、死角からの飛び蹴りを放つ。
だが、そこには当然有刺鉄線が敷いてあり、マナナには届かない。
「キャハ、何が起ころうとも私はこの空間で無敵なの!」
圧倒されつつ、それでも余裕は崩さない。
つまり、有刺鉄線が使える範囲は絞られている、だからこそこの凄まじい速さと強さと硬さを誇る有刺鉄線をリスク無く使えているのだろう。
「ん、なら……全力で、相手するのみ」
それでもさらに、私が跳ねる速度は速くなる。
マナナは、それでも余裕を持って対処すればいいだけ。
電線の怪物はオート防御であるのだ。
「あの茶髪の子の方がまだ、望みがあったんじゃないの~?」
「やってみないと分からない」
そう、あざけるような笑顔を向けるマナナに、レイは真顔でさらに速度を上げていく。
いくら速度を上げようと、意味はない…………だが、それでも電線の怪物が対応できる速度には限界があるはず。
そして、私は自身の出せる最高速度で、見えたのはほんの少しの有刺鉄線の隙間。
それは人一人がギリギリ通れるかどうかの隙間だった。
だが、こちらを攻撃する鉄線と守る鉄線の配分を間違えた故のその緩みを────
──────ぶち抜く!!
「────キャハッ!」
──────が、それでも悪魔の笑い声が聞こえ、見えていないはずの少女と目が合う。
その瞬間瞠目し、そして私は背後に迫る鉄線の網を見た。
捕縛網のようなそれが背後にそして、前方には鉄線によってすでに閉ざされたマナナへの道があるだけ。
誘い込み、それは間違いなく機能していた。
そう、マナナは自分を危険にするリスクを冒し、そして見事にレイを誘導することに成功────
「──────っ、あ?」
──────笑顔の歪みが大きくなるマナナは突如、自身を襲った衝撃に吹き飛ばされる。
そう、そしてそれを成したものの方向に目を向けると自らの鉄線がそれを成しており、瞠目する。
「避けられた」
『思ったより勘の鋭い電線の怪物のようだ』
背後に、守りの薄くなり、空いた網の目の間から投げられたのは瓦礫の欠片であった。
だからこそ、自らの鉄線は主を守るために主を打ったのだ。
だが、鉄線の威力を最小にしたところで、マナナは弱くダメージも無視できないモノになってしまった。
「──────ッ、クソがぁ!!!」
腹部の痛みを怒りでかき消し、マナナは吠えてがむしゃらに辺りを攻撃する。
瓦礫と煙が舞い、辺りが見えなくなるほど執拗な攻撃はすでに建物を倒壊の危険へと陥らせていた。
無論、その可能性など頭にないマナナは怒りを表すように、鉄線を振るう
「…………もう油断しねぇ!!どこからでも、どんな手でも掛かってこいや!!クソ野郎!」
余裕はない、しかし油断もマナナの中には失せていた。
すでに、先ほどの優し気な口調は鳴りを潜め、性格も豹変していた。
「ん、じゃあ、お言葉に甘えて全力で行く」
『そうだね、全力を尽くして君を倒す』
土煙が舞う。
そして声が他方から、聞こえおそらくかく乱のために分かれたのだろう。
「──────っ!!!!」
全ての神経を辺りに向ける。
土煙を上げたのは失策だった。
今からでも鉄線で晴らす?駄目だ、それこそが好きになりかねない。
ならば、逆に全ての有刺鉄線をマナナの周囲に集め、全てを触角のように張り、相手の動きを把握する。
幻覚でも、魔法でも、何でも使ってこい……もう、油断はしない。
風が吹く。
少女と妖精が動いているのだろう、だがそれは煙を晴らす行為に他ならない。
頬に汗をかきつつ、マナナは全神経を集中させ、過度のストレスにより笑みが顔に張り付く。
──────そして、
「──────そこぉ!!……?」
そして、何かが引っかかった手ごたえがし、鉄線の一撃により煙が晴れる。
そこには、浮かぶ光球のみが居り、レイの姿はどこにも──────
『……そうだね、一つ言っておくなら──ご苦労さん、とだけ』
その言葉を発した羽の生えた妖精は……それだけを言い、景色に溶けて消える。
「──────ッ、どこに!?」
瞬時に振り向き、辺りを見渡す。
うざったい煙も、構わず晴らすがどこにもいない。
アイツは、あの憎たらしい女は一体どこ、どんな策を、どんな番外の一手を…………弄し、て。
「──────は?」
──────どこにもいない。
そう、どこにもいないのだ。
殺意も、敵意も、確かに居たのだ。
風も吹いていて…………風、だけ?
「…………やられた」
そして、少女は理解する。
己がやらかした失敗を、理解したくないそれを……痛いくらいに染みた。
──────レイは最初からいない。
そして、あの投げられた土塊を最後に、いや、もしかするとその前からレイ=エレインは幻覚を駆使して既に逃げていたのだから。
自分は居もしない敵を警戒し、幻覚に踊らされ、まんまと術中にはまったのだ。
あの妖精も、時間稼ぎのために残っていただけだ。
そう、理解した瞬間、彼女は脱力してしまう。
そして、すでにマナナは余裕の笑みを浮かべることも出来ずに、地に膝をついたのであった。
◆◇◆◇◆
駅のホーム、改札に着く前にレイはキキョウと合流ができた。
「──────あの電車好きはどうしたんだよ?」
「置いてきた」
すでに、あと数分で改札へと着く地点まで来ていた。
既にバイクが入れる場所ではないため、バイクから降りた一同は、走って改札目前まで来れていた。
そしてそこでレイと出くわしたというわけだ。
キキョウたちもあの子供車掌を引き離せたが、追われていることは変わらない。
よって、走りながらの会話となった。
無論、キキョウたちだけなら直ぐに付くが、一般人であるノワ子たち三人に歩調を合わせた速度となっている。
「──────うひぃ、喫煙家にはキツイマラソンやないの」
「秋紗先生も、タバコやめればいいと思うけど?」
「ふ、訓練が足らんの。逃げ足なら誰にも負けんぞ」
そう、息を短くどうにか走っている秋紗と涼子、逆にノワ子は笑顔で二人を離さんと走っていた。
【空想現界人】からすれば五十歩百歩なので、むしろ集まって走ってくれた方がいいとキキョウは思うが、得意げなノワ子を邪魔するのも面倒くさいので口に出さない。
「あら、また新しいお人ですのね!ちっちゃくて可愛いですわ!」
「また新入り、そろそろ忘れそう……」
真顔で言うレイに、苦笑するキキョウ。
レイからすれば、顔や名前の違いが気にならないのかもしれないが、キキョウからすれば【空想現界人】など個性の塊、間違っても覚えることは易い。
「──良い、従者魂をお持ちで」
『言葉の意味はわからないが、褒め言葉として受け取っておくよ』
セバスチャンとリティアは早速謎に通じ合っていた。
少なくとも、修羅場は去った……誰もがそう思っても仕方がないのだろう。
すでに、改札が見える位置に到着しており、後はこの空間から出るだけ。
この空間出なければ、あの子供車掌は力を発揮できない、少なくともキキョウはそう判断し、先を急ごうと歩みを進める。
「────さて、あちらの敵はどう動くでしょうか」
『そうだね。状況を聞く限り、私もここで終わるとは思ってない』
だが、セバスチャンの予断を許さぬ態度に、リティアも同調を示した。
その言葉を聞き返そうとしたキキョウは──見た。
────目の前から空を切るように、飛ぶ車掌姿の少女を。
飛ぶと言うより、弧を描くように飛んでくると言った方が近い。
そして、空中姿勢を安定させた少女は、やがて地へと墜落するように落下し──放電する鉄線を一瞬で展開する。
「────言ったでしょぉ、逃がさないって」
一瞬で追いつき、そしてこちらを阻む位置まで状況を巻き返した少女に一同は言葉を失った。
◆◇◆◇◆
トリックは単純、ミネネは有刺鉄線の怪物に自ら投げられたのだ。
少女は軽く、そして投擲の反動は全て有刺鉄線が排除してくれる。
埒外の一手ではないが、それでも思いついたとしても実行できるかは定かではない。
そして、キキョウたちの前に、予想外の敵が舞い降り、一同は言葉を失い唖然とした。
──────言葉を失ったが、それでも全員が唖然としたわけではなく反射的に対応できたものは三名、唖然としていたのは四名。
レイがノータイムで、唖然とする三人をキキョウの元に突き飛ばしつつ、服を掴んで投げる。
キキョウはミネネと三人の間に、自らの能力で返事させた盾を展開する。
そして、セバスチャンはキキョウと反対側に出現した有刺鉄線に対応する。
三者三様の対応、それに一瞬出遅れてフレイアがミネネへと肉薄する。
「──────離れてくださいまし!!」
「させると思うのぉ?」
最適解はおそらく、速攻での決着、抜けていると自覚するフレイアにも理解できた。
だからこそ、それをさせまいとミネネも抵抗する。
レイは咄嗟にノワ子をと涼子を、セバスチャンは秋紗を抱えて地を蹴る。
キキョウは彼女らを守るように盾を構えて殿をする。
振るわれる鉄線、だが、それらを回避したフレイアはミネネと至近距離まで詰めることに成功する。
無論、鳥かごのような球体に覆われたミネネには、至近距離であろうと攻撃は届かないだろう。
「──────《悪霊の蒼焔》」
切りたくない、そう思っていた切り札を開帳する。
それは、代償の大きい、フレイアの持つ切り札であり、一日に一度しか使えない大技。
自らが魔術界の貴族、四代名家に連なるものであるからこそ……持って生まれたもの。
圧倒的火力と、何より物理的なエネルギーを持って放たれる青い炎はそのものを魂すら焼き付くす。
強力であり、殺傷能力が高すぎるからこそフレイアは使いたくなかった。
そう、彼女は敵でありながら、それでも子供を殺すことを是としない善性を持つ──
そして、鉄線で覆われた少女を、蒼炎が焼き尽す。
──────其は、悪魔の死炎なり、以て代償を払いたし。
やがてその炎は鉄すら溶かし、少女は塵すら残らない……そう残酷な光景を思い描き、フレイアは目を伏せる。
頭に響く、掠れた声を振り払うように辺りを見ると、少し遠くに少女が一人倒れていた。
焼かれる前に、有刺鉄線が少女を敢えて影響のない所に飛ばしていたのだろう。
そして、フレイアは、魔術界きっての名家の……次期当主であった彼女は、自らの炎で敵を殺めなかったことを安堵した。
◆◇◆◇◆
「──────なるほど、都市伝説の怪談みたいな場所だな」
各人が激闘を繰り広げる中、青年は一人また別の違う駅に来ていた。
ナギトが目を覚ましてから三十分、辺りを探し回ったが人っ子一人いなかった。
敵性存在が居ないことに安堵しつつ、ナギトは出口を探すことにした。
「……………………」
無言で警戒しつつ、辺りを探索するナギト、生命の気配などはないが、それでも危険は敵性存在だけではない。
罠などはそうだし、この未知の場所がそれを警戒させるのも仕方がない。
だが、事実としてここに居る筈の車掌の双子は、団体のお客様をもてなしている所であり、彼にかまっている暇などない。
無論、そんなことをナギトが知るはずもなく。
警戒して、ホームを降りると通路があり、階段を下りて角を右に曲がる。
「────こう、ループする系の通路だとその時点で詰みなんだが」
そう、最悪の妄想をしつつ、だが何事もなく改札が見えてくる。
目の前にある改札、駅の空間は改札を区切りとするのが一般的である。
故に、駅の出口であり、罠などを疑っても確かめる手段もなく、引き返す時間もない。
「行くしかないか」
そう、覚悟を決め、ナギトは改札を通るが、本来扉のようなものが飛び出すはずの改札はうんともすんとも言わず、無賃乗車の客を素通りさせた。
そして、外を出ると、地下のような壁に天井の無い空間が広がっていた。
地下にありがちの複雑な道で、タイル張りの壁や駅案内がある場所に見える。
だが、違うものが一点……天井が無く、色とりどりの空が広がっているという事だ。
「風の時にみる悪夢みたいな光景だな」
でなきゃ、某ルミナルスペース的な奴か、そうナギトが思う程に辺りは現実離れした光景が広がっていた。
上を見ると、他にもこの場所みたいな通路がアリの巣のように浮かんでおり、迷宮か摩天楼を思わせる。
そして、そんな不可思議空間に一歩を踏み出そうとしたナギトは、カシャリという地面を軽いものが叩いたような音を聞く。
「──────」
背後から聞こえた音の方を向くと、白い無機質なボディの人形がこちらを見ていた。
そして、こちらの姿を認識した人形は襲い掛かるように、ナギトへと走り出した。
「…………おい、おいッ!?マジかよ!!?」
そう、叫びつつ、全速力で逃げ出すナギト。
図らずしも、逃走の終わりと始まりは同刻に起こっていたが、当然ナギトはそれを知る由もない。
〈Tips!〉
・魔術界の貴族について
魔術界で貴族と言えば、超複合都市デンドログ外に領地を持つ四大名家である。
北に風の名家、西に氷の名家、東に水の名家、南に大地の名家、といった風にそれぞれ災害を封じる土地を領地とする四大名家だが……炎が無いことはお察しである。
デンドログ内では〈王〉以外の貴族の領地は無く、魔術界の貴族は基本的に四大名家の下請けが多い。
奇跡的に四大名家の庇護なく領地を維持できた貴族もあったりする。
デンドログ外は魔境であり、魔術災害も多いため、領地を維持するのはほぼ不可能である。
ちなみに、そんな魔境であるデンドログ外にも都市や、国家があったりする。




